自分とは何か? 陰鬱でロマンティックな世界観で“問いを描く ”A24新作『テレビの中に入りたい』ジェーン・シェンブルン監督インタビュー

『ミッドサマー』や『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』で知られる人気スタジオ、A24の新作『テレビの中に入りたい』。舞台は90年代のアメリカ郊外。孤独なティーンエイジャーのオーウェン(ジャスティス・スミス)は2学年上のマディ(ジャック・ヘヴン)と出会う。ふたりにとって毎週土曜日に放送されている謎のテレビ番組『ピンク・オぺーク』は生き辛い現実世界を忘れさせてくれる唯一の場所。次第に番組の登場人物と自分たちを重ね合わせていくが、ある日マディがオーウェンの前から姿を消す──。自分とは何か? 自分の居場所とはどこか? 陰鬱でロマンティックな世界観を通して、根源的でシリアスな問いが突き刺さる。

今作でスネイル・メイルことリンジー・ジョーダンが俳優デビューをし、リンプ・ビズキットのフレッド・ダースト、フィービー・ブリジャーズも出演。サントラにはフィービー・ブリジャーズとスネイル・メイルに加え、ジェイ・サム、キャロライン・ポラチェックなども集結し、監督と脚本を手掛けたジェーン・シェンブルンの音楽愛が溢れた作品になっているのも魅力だ。ジェーン・シェンブルンにインタビューした。
――『テレビの中に入りたい』を制作するきっかけとなった若かった頃に見ていたテレビ番組にどれだけ捕らわれているかというアイディアは何年も前から頭の中にあったそうですが、脚本を仕上げるまでどのような過程があったのでしょう?
前作の『We’re All Going to the World’s Fair』は10代の少女がSNSのホラーロールプレイングゲームをする中で、自分が抱えている違和感に耐える過程を描きました。自分が抱えている不安を理解するために感情を書き記していくことで勇気が湧きましたし、書き上げた後、この話は性的な違和感の話で、自分がトランスジェンダーだから不安を抱えているのだと気づきました。それで『テレビの中に入りたい』では自分がトランスジェンダーだと気づく過程を描いてみようと思いました。不安を抱えている場合、2つの選択肢があると思います。ひとつはずっと殻に閉じこもって歩むべき人生を歩まないという選択肢。もうひとつは大きな一歩を踏み出すという選択肢。後者は家族との関係性も社会からの見え方も変わるので、人生が大きく変わる可能性があります。地面に埋まってしまいたくなるかもしれない。そういったことを素直に脚本にしていこうと思いました。
そこでベースにしたのが思春期の時に抱えていた不安をテレビ番組を見ることで抑えていた自身の経験でした。当時自分が感じていたことを素直に出してどれだけの人に伝わるものがあるかは疑問だったのですが、驚いたことに作品を見たトランスジェンダーではない多くの方からも何かしら感じたことが伝わる感想をもらうことができました。
――テレビ番組『ピンク・オぺーク』に夢中になる主人公のオーウェンのキャラクター作りで一番こだわった部分は何でしたか?
オーウェンはとても消極的で行動に移そうと思っても、何らの合図によって行動に移すことができないというなかなかいない主人公です。殻にこもっている彼をどう魅力的で興味を持ってもらえる人物として描くか。いろいろな工夫をしたのですが、大事にしたのは内面を掘り下げていくことでした。オーウェンが殻にこもってしまうのは自分を守るためです。私にもそういう経験があります。舞台設定が1990年代というのも大きかったと思います。殻にこもって本当の自分を隠さないと生き延びることができない時代でした。でも同情を誘うような描き方ではなく、彼が欲しているものを素直に描くことを大切にしました。オーウェンは子供時代が一番冒険心があったと思います。歳を重ね自意識が強くなる中で、自分の気持ちを押さえてしまうようになった。一方、オーウェンが憧れる2学年上のマディは奔放でオーウェンとはコインの表と裏のような性格ですが、私の中に両方の側面があると思っています。二人が劇中で重ねていく議論は常に私の頭の中で繰り広げられていた議論です。二人の議論を描くことは自分を認めることに繋がりますし、今作の核になる議題でもあります。

――今作で俳優デビューを果たしたスネイル・メイルことリンジー・ジョーダンは劇中でスマッシング・パンプキンズの「Tonight,Tonight」をカバーしています。監督はあの曲が収録されたアルバム『Mellon Collie and the Infinite Sadness』の世界観に影響を受けたそうですが、どんな思い入れがある作品なのでしょう?
「Tonight,Tonight」は今作全体のエモーショナルな部分を表現している曲です。リンジーがスネイル・メイルのツアーで「Tonight,Tonight」のカバーをするタイミングで「Tonight,Tonight」のミュージックビデオに出てくるMr.ムーンのタトゥーを入れたことにも運命的なものを感じて、劇中でも歌ってほしいとお願いしました。『Mellon Collie and the Infinite Sadness』はリリースされた時にCDで買ったことを覚えていますが、アートワークがとても美しいですし、2枚組の長いアルバムですが、夜から昼に、昼から夜にという時間軸の流れがロマンチックなおとぎ話のようだと感じました。「Tonight,Tonight」のミュージックビデオはストップモーションを使った芸術性が高く、ロマンチックなホラーという印象がありました。作る映画全体のトーンをロマンチックなホラーと考えていたので、「Tonight,Tonight」をリンジーにカバーしてもらったり、Mr.ムーンからインスパイアされてミスター・メランコリーというキャラクターを『ピンク・オぺーク』に登場させたりしました。
――リンジー・ジョーダンに加えて、フィービー・ブリジャーズとリンプ・ビスキットのフレッド・ダーストも出演しています。ミュージシャンが複数出演することになった理由をどう捉えていますか?
フィービー・ブリジャーズは10代の時からずっと好きなアーティストです。私はエリオット・スミスもずっと好きなのですが、フィービー・ブリジャーズと通じるものがあると思っています。悲しい曲を歌っていても孤独を感じないという魅力を感じたので出演してもらいました。リンプ・ビスキットも10代の頃から聞いていて、鮮明な記憶があります。リンプの全盛期は多くのアーティストが音楽に怒りを表すようになってきた時代でした。ニルヴァーナのカート・コバーンが抱えていた怒りや不安とはまた違った男性的な怒りがウッドストック’1999やニューメタルに表現されました。リンプはその代表格だと感じています。誰が部屋の向こう側からオーウェンを睨みつけていたら観客がドキッとするかを考えた際、最初にフレッドが浮かびました。フレッドは役を理解してくれ、映画が好きだということもあってとても良いコラボレーションができたと思います。寛大な性格にも助けられました。
――監督が映画と音楽の関係性において理想的だと思った映画作品はありますか?
一番に浮かぶのは『ストップ・メイキング・センス』です。未だに一年に一回は見ていますが、最初に観た時に音楽を映画にできるんだということに気付かされました。映画はダンスやミュージカルは体験できますが、あの作品は音楽を映画として目にできた感覚があって感動します。

『テレビの中に入りたい』
9月26日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
© 2023 PINK OPAQUE RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVE
【作品概要】
監督&脚本:ジェーン・シェーンブルン(『We’re All Going to the World’s Fair(原題)』)
キャスト:ジャスティス・スミス(『名探偵ピカチュウ』)、ジャック・ヘヴン(『ダウンサイズ』)、ヘレナ・ハワード、リンジー・ジョーダン(スネイルメイル) 共同製作:Fruit Tree(エマ・ストーン制作会社、『リアル・ペイン〜心の旅〜』)
尺:100 分 レーティング: PG12
公式サイト:a24jp.com Xアカウント:@A24HPS
配給:ハピネットファントム・スタジオ
【インタビュー・執筆】小松香里
編集者。音楽・映画・アート等。ご連絡はDMまたは komkaori@gmail~ まで
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