アフガニスタンの現実と幻想〜ジャミル・ジャン・コチャイ『きみはメタルギアソリッドⅤ:ファントムペインをプレイする』

アフガニスタンの現実と幻想〜ジャミル・ジャン・コチャイ『きみはメタルギアソリッドⅤ:ファントムペインをプレイする』

 作者は1992年生まれのアフガニスタン系アメリカ作家。パキスタンの難民キャンプに生まれ、その後カリフォルニアへ移住した。作家活動をはじめたのは2019年である。本書は2022年刊の短篇集だ。ジャンルSFではないが、幻想性のある作品がいくつか収録されている。幻想と言っても、設定がわかりやすいファンタジイや伝統的な怪奇小説ではなく、寓話から実験小説までを包含する非リアリズムという意味だ。作者はガブリエル・ガルシア=マルケスやサルマン・ラシュディに影響を受けたと語っているが、それらマジックリアリズムに通じる部分もありつつ、また違ったフレーバーを発している。なかなかユニークだ。

 収録作品のほとんどが、アフガニスタンの現代史を背景としている。

 表題作「きみはメタルギアソリッドⅤ:ファントムペインをプレイする」は二人称小説。主人公の「きみ」は、アフガニスタン系移民で、現在はアメリカ西海岸に暮らす少年だ。念願のゲーム「ファントムペイン」を手に入れ、夢中でプレイするうち、不思議なデジャヴを覚える。ゲームのなかの作戦行動で到着した村が、かつて両親が暮らしていた場所—-「きみ」も写真で見たことがあり、幼いころに一度訪れたこともある—-そのままのたたずまいなのだ。そこには青年時代の父、そして父の弟がいた。「きみ」は、彼らにこれから降りかかる酷い運命を知っている(家族の歴史だから)。この段階で自分がゲームのなかにいるのではなく、実際に体験している感覚だ。「きみ」は、父たちを助けようと大胆な行動に出るのだが、村のひとたちからは敵として攻撃されてしまう。

 外形的には仮想現実を扱ったSFとも言えるが、科学技術的な説明はいっさいなく、あくまで「きみ」の感覚に沿ってストーリーは進む。ゲーム外とゲーム内を往還するテンポ良い文章の流れと、作者自身の出自とも重なる強烈な事実性とが相俟って、眩惑的な効果をあげている。

「ヤギの寓話」は、アメリカ軍が侵攻中のアフガニスタンが舞台。巨漢のマーザグルは戦争で息子が死んだと聞かされ、激昂のあまり半月刀(父が遺した伝説の武具だ)を空へ投げる。この刀剣がたまたま、上空を飛行中のアメリカ軍戦闘機に命中—-物理的に当たったのか呪術的作用かはわからないが、この作品においてはそうした区別自体が不要である—-し、操縦していたカスティール少尉はパラシュートで脱出。降りてきた少尉はマーザグルにつかまり、ヤギと一緒に穴のなかに閉じこめられる。少尉はまずヤギを殺して、その皮や肉を利用しようと考えるが、素手でヤギと闘える自信がなかった。眠りについて目覚めると、ヤギは二頭に増えていた。その後もヤギの増殖(同じヤギが倍々に分裂していくのだ)はつづき……。

 物語がどちらの方向へ転がっていくかわからない不思議な展開の作品。少尉とヤギたちはほんの一瞬、和平的な協調関係を築くのだが、彼らの前には皮肉なめぐりあわせが待ちうけていた。

「サルになったダリーの話」は、奇妙な変身譚。ダリーはカリフォルニア州立大学サクラメント校の大学院生だ。母親が早朝の礼拝の祈りを捧げているそのとき、ダリーは礼拝用マットの前を横切り、その瞬間、小さなサルに変身してしまう。因果関係はまったくわからないが、知りあいの導師(アフガニスタン在住)はダリーの不信仰のせいだと言う。

 ほかに頼りにするものもないので、ダリーと母親はアフガニスタンへと向かう。そこで待ちうけていたのは、数奇な運命だった。ノンポリで要領の良いアメリカ青年だったダリーだが、理不尽とも言える状況のなかで、否応なく自分のルーツであるアフガニスタンと向きあうことになる。

 そのほか、ベケット「ゴドーを待ちながら」を踏まえた不条理小説「カルブディンを待ちながら」、アフガニスタンからアメリカへ渡った家族の足跡を実験的なスタイルで綴る「職務内容は以下の通り」など、全十二篇。

(牧眞司)

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