開店6年が過ぎた古本屋店主の日々〜児島青『本なら売るほど』

 古本十月堂は、開店から6年が経っている。だが伸びた髪を一つに結び、店番をしながら来訪者の購買欲をひそかに見透かす店主の男は、本を持ち込みに来たお客にアルバイトと間違われるほど貫禄がない。店を始めた理由も「昔 行きつけだった古本屋のオヤジを見て呑気(のんき)そうでいいなと思ったから」なのは、ある意味で筋が通っている。

 しかし気ままに見える稼業にも、別の実感は存在する。脱サラして貧乏になったことは納得ずくとはいえ、「古本屋は本と本好き相手の商売かと思いきや 本に興味ない人が本を捨てに来る場所でもあった」のは意外な誤算。極めつけは閉店後の作業だ。暗闇の中、人目を避けてリサイクルステーションへ足を運び、売れない在庫を投げ入れる店主のこぼすひと言は「……いつまで続けられっかな……」。本好きが高じて古本屋になった人間には酷な、けれど仕事には必要な「作業」だ。彼が洩らす本音の数々は、私の周りで古本屋を営む友人たちから過去に聞いた話をほうふつとさせるものばかりだった。

 本作は漫画誌『ハルタ』にて、一話読み切りの形で連載されている。1巻のあとがきによれば、「当初読み切りだったものが短期連載になり、さらに長期連載になった」作品だそうだ。著者にとってはデビュー作であり、初の単行本だが、その完成度は群を抜いている。無駄がない線に丁寧な書き込み。くわえて会話や間の取り方も心地よく、読んでいても眺めていても飽きることがない。作品の雰囲気を最大限に生かした装丁も目を惹くもので、発売後、すぐに重版がかかったのも頷ける。

 さてある日、十月堂に大きな買い取り話が舞い込んだ。依頼者は不動産屋で、亡くなった住人の遺族から一軒家の処分を頼まれたという。1階と2階にある書庫、そして所狭しと本が床に積まれた居間を見た十月堂は、思わず身震いをする。その予感どおり、蔵書は量も内容も充実したコレクションで、全力を振り絞ってもすべての本を買い上げることができない十月堂は、住人の人生にも思いを馳せて、悔しさにひとり苦悶する。

 店主をはじめとする登場人物たちは、穏やかながらひと癖ある人物ばかり。その上本好きであれば、本への思いや思い出を、声高に言いたくなる気持ちもあるだろう。だが彼らは自分の思い入れを、他人にけっして押し付けない。それぞれなりに本と向き合い、時に怒りや諦めやさみしさをぐっと飲み込んでいく。そんな彼らだからこそ、差し伸べられる手が現れることは、物語の救いとなっている。

 実在の本が次々と登場するのも、本作の楽しいところ。きっとこの本から、次に読む本を見つける人もいるに違いない。特に十月堂が古本屋になったきっかけの第6話、タイトルは「さよなら、青木まりこ」。『本の雑誌』の読者のみなさまにはもちろん、そうでない読者の方々にも届いてほしい。

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