炎上をめぐる心ざわめく短編集〜伊藤朱里『個人の感想です』

 承認欲求、誹謗中傷、炎上……。ネットニュースやSNSでは日々そんなことが話題になっている。どうでもいいと思いつつも、気になってついつい情報を追いかけてしまう。私自身はそういった問題から距離を置いていると思ってきたけれど、果たして本当に何も関係ないと言えるのだろうか? 読みながら、心のざわめきが止まらない。

 4編の短編が収録されている。主人公たちの職業は、人気YouTuber、インフルエンサーの書籍を担当する編集者、教養番組を制作するNPO法人で働く契約社員、かつてアイドルグループのオーディション番組に出演していた元練習生とさまざまである。全ての短編に、韓国の四人組女性アイドルグループ「サンダーボルト」と、シュールなコントで注目を集めるお笑いコンビ「炙り杏仁」のヨッシー☆という人物が絡んでくる。

 2編目の主人公である野村ゆりは、文芸誌の編集から「ノンフィクション部門ネットメディア班」なる部署に異動になった。インフルエンサーたちの自由な言動と、自分の感性や常識とのギャップに悩む日々を送っているが、書店の文芸書コーナーでは深い息ができ、以前担当していた新進小説家と話している時だけ、自分を取り戻せる気がしている。「サンダーボルト」のメンバーであるリリーのことが気になっている。特に好きではないのにその言動が気になり、動画を見ながらひとりでツッコミを入れたり、熱心なファンとアンチのコメントをチェックしてしまうのだ。

 野村が担当するYouTuber「はしゆり」の本が発売されることになった。独特で予測がつかない言動に苛立ちながらも、なんとかその魅力を伝えることができる内容にまとめたのだが、発売を告知する日の著者本人による配信で、その苦労はぶち壊される。はしゆりは、ヨッシー☆が刊行した小説の中で自分をモデルにした人物が揶揄されていることに腹を立て、文学そのものを否定していると捉えられるような発言をしてしまうのだ。深い考えで発せられたわけではないその言葉は、瞬く間にSNSで拡散され、本人不在のところで燃え広がっていく。

 他の3編でもさまざまな炎上が発生するのだが、書店や出版をめぐる状況があまりにリアルに、シビアに書かれているこの短編には、特に敏感な部分を刺されたような気持ちだ。この小説の世界のどこかに私もいて、スマホをいじりながら騒動をゆるく追いかけ、見知らぬ誰かの発言にムカついたり、時に溜飲を下げたり、近いところで起きる炎上にビビったりしているような気がする。どうでもいいと言いつつも、知らない誰かが無責任に発した言葉に翻弄され、感情を刺激されまくっている滑稽さを、見せつけられたような気まずさを覚えずにはいられない。本当に思っていることは、自分の中にちゃんとあるはずなのに。

 高みの見物気分でいたら、気がつくと足元がぐちゃぐちゃになっていて、いつ滑っても無理はない。そんな居心地の悪いスリルを、味わえる一冊である。

(高頭佐和子)

  1. HOME
  2. 生活・趣味
  3. 炎上をめぐる心ざわめく短編集〜伊藤朱里『個人の感想です』

BOOKSTAND

「ブックスタンド ニュース」は、旬の出版ニュースから世の中を読み解きます。

ウェブサイト: http://bookstand.webdoku.jp/news/

  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

記事ランキング