映画の潮流を渋谷で観る カンヌ監督週間 in Tokio 2024 全作品レビュー

12月8日から19日までヒューマントラストシネマ渋谷で開催されたカンヌ監督週間 in Tokio 2024。カンヌ映画祭の権威主義的な作品選考に反発するかたちで1968年に設立されたこの部門は、映画祭の公式部門ではないものの、カンヌの顔の1つとして知られている。今年5月にカンヌで上映された長編21本のうち10本と、短編部門から1本がラインナップとして用意された今回の特集上映を『押井守の映画50年50本』『映画の正体 続編の法則』(立東舎)の編者で、映画翻訳家でもある鶴原顕央が総レビューする。

Z世代に留まらない『ナミビアの砂漠』の主人公像

今年で2回目の開催となるカンヌ監督週間 in Tokio。日本からは、話題沸騰中の河合優実主演作『ナミビアの砂漠』、山下敦弘監督と久野遥子監督がタッグを組んで実写で撮った映像をアニメーションに変換した異色の映画『化け猫あんずちゃん』、そして山村浩二監督のアニメーション短編集『とても短い』が上映され、それぞれ盛況を博した。

(C)2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

(C)いましろたかし・講談社/化け猫あんずちゃん製作委員会

2024(C)Yanai Initiative

特筆すべきは山中瑶子監督の『ナミビアの砂漠』だろう。カンヌで国際映画批評家連盟賞を受賞した本作は、今回のイベント上映に先んじて開催されたポレポレ東中野でのトークショーにモデルで俳優の太田莉菜が登壇。葛藤と怒りをかかえる主人公カナに「若い頃の母」を見たと語る太田が山中監督と対談し、ロシア出身の母を持つ太田と、中国出身の母を持つ山中監督がトークを繰り広げ、映画の主人公カナも母親が中国人という設定。1990年代後半以降生まれのZ世代の若者を描いた映画として語られることの多い『ナミビアの砂漠』だが、自身の母子関係と絡めて「Z世代に限らない話だ」と鋭く指摘した太田の発言は書き留めておきたい。

ソフィー・フィリエールの遺作『これが私の人生』

カンヌと同じようにオープニング作品として上映されたのは、これが遺作となってしまったソフィー・フィリエール監督のフランス映画『これが私の人生』。

(C)Christmas in July

アニエス・ジャウィ演じる中年女性バービーの生きざまを描く本作は、撮影終了後にフィリエール監督が入院し、娘のアガーテ・ボニゼールと息子のアダム・ボニゼールに映画を託して、そのまま帰らぬ人となってしまった。上映後のトークイベントにはそのアガーテとアダム両名が登壇。母から引き継いで映画を完成させた経緯を語った。

主人公バービーがフェリーでアイルランドに渡って、人里離れた平原の土地を買うラストシークエンスの解釈についても言及。「主人公は天国に行ったのだ」と捉える人も多いと言うが、解釈は観客それぞれに委ねているとした。そのラストシークエンスへと至る展開が印象的だ。主人公バービーは監督本人ではないが、バービーにも娘と息子がいる。その2人と一緒にアイルランドに行くはずだったが、子ども2人を置いて旅立ってしまう。残された2人が、涙を流すのではなく、船上の母に向かって笑顔で手を振り、ハートマークを作って見送る。

(C)Christmas in July

遺作だと分かって観ていれば悲壮さを感じなくもないが、映画としては悲しみを帯びていない。フィリエール監督のこれまでの作品と同様に温かい余韻を与えてくれる映画に仕上がっている。

フランスからはオンラインゲームを物語の要素の1つとした『イート・ザ・ナイト』もラインナップ。

(C)Los Ilusos Films, Les Films du Worso and Memento International

高校生のアポリーヌは兄の影響でオープンワールドロールプレイングゲームにハマり、いまではゲーム歴9年を誇る強者プレイヤー。突然のゲームサービス終了の知らせに激しく動揺するが、兄パブロは現実世界での違法ドラッグ売買と恋人との関係に夢中で、たまにしかログインしない。ひとり寂しくゲーム世界で大殺戮と高所からの飛び降り自傷を繰り返すアポリーヌ。無表情のゲームキャラに感情が宿っていると観客が思ってしまうのは、ドラマが展開しているからだろう。敵対グループとの抗争が激化して身の危険が迫るパブロは最後にゲーム世界にログインして妹に会おうとするが、ゲームサービス終了のカウントダウンが迫る。

(C)Los Ilusos Films, Les Films du Worso and Memento International

共同で監督を務めたキャロリーヌ・ポギとジョナサン・ヴィネルは、現実と虚構を混同するのではなく、現実と虚構は等価値だと主張する。現実世界で会えなくても、ゲーム世界で会えればいいとするアポリーヌ。果たして兄妹は会えるのか。

スペインとフランスの共同映画『ジ・アザー・ウェイ・アラウンド』も、現実と虚構が平行する。長く付き合っていた映画監督のアレと俳優のアレックスは交際を解消し、かねてよりアレの父親が唱えていた「別れたときこそよりよい未来を願って祝うべきだ」という理論に従って、お別れパーティーを催すことにする。

(C)Los Ilusos Films, Les Films du Worso and Memento International

別れの日が近づくにつれ、アレが監督した映画も完成に近づく。アレックスは別の映画の主演候補になる。オーディションテープを作るべく、誰が書いたかも分からない脚本を2人で読み上げる。この脚本の台詞が2人の関係性にシンクロする。

NYタイムズの今年の1本に選ばれた『グッド・ワン』

インディア・ドナルドソンの長編デビュー作『グッド・ワン』は、1月のサンダンス映画祭でプレミア上映され、NYタイムズの今年の1本にも選ばれたアメリカ映画。

(C)Visit Films

父親とその友人の山登りキャンプに付き合うことになった年頃の娘サムが主人公。寝袋を忘れた友人マットのことを父娘は笑って、山での1泊目を終えるが、2泊目の夜は父が先に就寝。焚き火にあたりながらマットが「一緒に寝れば寒くないかも」とサムを誘う。翌朝、サムは「変なことを言われた」と父に告げるが、父は「元から変な男じゃないか。凍えて死ねと言ってやればよかったんだ」と答えるのみで、娘の訴えを受け流して、友人を擁護してしまう。マットの言動も、父親の返答も、あってはならないことだが、ありえそうな話である。どんどん気まずい空気が流れていく。抗議の意思表示として2人のリュックに石を詰め、先に下山するサム。アパラチア山脈の美しさを画と音で堪能する映画かと思いきや、主演のリリー・コリアスが少ない台詞で強力にドラマを引っ張っていく。

ライアン・J・スローン監督の『ゲイザー』もこれが長編デビュー作となるアメリカ映画。とある事情で失調症になり、認知機能に支障をきたしている主人公フランキーは、カセットテープに自分の声を録音して、その指示をイヤホンで聴きながら生活する日々を送っている。働いているガソリンスタンドからバスで帰宅するまでの30分用のテープ。働いているとき用のテープ。「まわりをよく見ろ。冷静になれ。巻き戻せ」。離れて暮らす娘との再生活を夢見て、こつこつ金を貯めているが、家賃の支払いも滞っている状況。セラピーの会合で知り合った女性から一攫千金の仕事を引き受けるが、それはフランキーに殺人の濡れ衣を着せるための罠だった。

©Telstar

この『ゲイザー』は、記憶障害の男を主人公にしたクリストファー・ノーランの初期監督作『メメント』のようでもあり、現実と妄想の境界が曖昧になるさまはデヴィッド・リンチ映画にも似ていて、妄想の世界で有機物と無機物が融合するさまはデヴィッド・クローネンバーグ映画にも近似するが、主人公が巻き込まれた事件を描くことを放棄しない。その意味において『メメント』によく似ていて、サスペンスとして最後まで飽きさせない。物語としてよくできているので、先述のお別れパーティー映画『ジ・アザー・ウェイ・アラウンド』とこの『ゲイザー』は日本映画としてリメイク可能だろう。

ペルシア語のカナダ映画『ユニバーサル・ランゲージ(原題)』

マシュー・ランキンが監督と脚本と出演を兼ねる『ユニバーサル・ランゲージ(原題)』は、ペルシア語メインのカナダ映画。英語でもフランス語でもない文字が表示されて、一瞬ちがう映画の上映が始まったかとドキリとするが、本年度の米国アカデミー賞外国映画部門のカナダからのエントリー作品であり、クロックワークスが日本配給権を獲得しているので、2025年に日本国内で劇場公開も予定されている。今回のカンヌ監督週間 in Tokioは、これをいち早く鑑賞できる機会となった。

(C)Metafilms

イランのテヘランとカナダのウィニペグが地続きになっている不思議な世界を舞台にしている本作は、「あなたは客人だが、この家の持ち主である」といった台詞も出てくるので、観客はこの奇妙な世界に身を任せるしかないが、物語の中心人物を次々と変えていく群像劇が、最後に鮮やかにまとまっていく。

オランダ、エジプト、カタール合作映画の『イースト・オブ・ヌーン』も最初は何をやっているのかよく分からないが、全貌があきらかになると、ハッとさせられる映画になっている。

(C)vriza, seriousFilm, Nu’ta Film

権力を握る街の指導者と、横暴な警察に苦汁をなめさせられる青年アブド。圧政から逃れたいと願うアブドに「想像力は癒やしである」と説く老婆。色褪せた世界を描くべくモノクロ映画になっているが、若者たちが救いを求めたとき、世界に色がつく。

マレーシア出身で台湾で映画を学んだチャン・ウェイリャンが、イン・ヨウチャオと共同で監督して挑んだ『モングレル(白衣蒼狗)』は今年11月に東京フィルメックスでも上映されて、話題になった1本。チャン・ウェイリャンが長期滞在ビザを求めて台湾当局と交渉していた時期に知り合ったタイやフィリピンからの渡航者たちの実話と、入念な取材に基づいて作られた台湾の山岳地帯に暮らす不法労働者の物語。

(C)2024 E & W Films, Le Petit Jardin, Deuxième Ligne Films

ワイドスクリーンではなく、横が狭い4:3の画面で、カメラは常に固定。感情を持たず、躍動しないカメラが不法労働者たちの過酷な日常を冷徹に撮りつづける。不法移民であるから、亡くなってしまった場合は、遺棄するしかない。冷たい雨が降りしきる冬を舞台に、重苦しい雰囲気が映画を覆う。

以上が、今回の全ラインナップだ。いまのところ渋谷でのみの上映だが、映画と世界のいまを知ることができる貴重な上映であり、カンヌの情報に注目しつつ、来年の開催をこころ待ちにしたい。

(文と写真:鶴原顕央)

『押井守の映画50年50本』
押井守 著
立東舎 刊
A5判/ 320ページ/ISBN9784845634446
https://rittorsha.jp/items/19317409.html

(執筆者: リットーミュージックと立東舎の中の人)

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