道東唯一の百貨店「藤丸」閉店から2年。「大好きな藤丸を守りたい」再建誓う新チーム2030年再オープン目指す 北海道・帯広
2023年1月、道東唯一の百貨店にして、北海道最後の地元資本の藤丸百貨店(北海道帯広市)が122年の歴史に幕を閉じた。それから1年半余りたった2024年10月、閉店した藤丸の経営を引き継いだ新会社・藤丸株式会社が再建計画を発表。日本全国で地方百貨店が苦境を迎える中、どう再建しようというのか。そもそも、なぜ再建メンバーは火中の栗を拾うこととなったのか。そこには単なる商業施設再生を超えた、まちづくりにかける熱い思いがあった。
資金ショートまで57日
1900年に創業し、「藤丸さん」の愛称で帯広市民に親しまれてきた藤丸百貨店。2022年7月7日にその閉店が地元メディアで報じられると、十勝全域に衝撃が走った。122年続く老舗百貨店の閉店は、単に一つの大型店舗がなくなるというだけでなく、まちのランドマークの喪失、果ては中心部の空洞化を意味していた。
閉店とともに報道で明らかとなったのが、藤丸の事業再生に地元ベンチャー企業の株式会社そらが参画することだった。そらは、元金融マンで30代の米田健史社長が2020年4月に立ち上げた地方創生ベンチャー企業だ。
なぜ、老舗百貨店が新進気鋭のベンチャー企業に命運を託すこととなったのか。地方百貨店のビジネスモデルが立ちゆかなくなったこの時代にどう藤丸を立て直していくのか。株式会社そらの米田健史(よねだ・たけし)さん、藤丸の再建を担う藤丸株式会社の代表取締役社長・村松一輝(むらまつ・かずき)さん、同社取締役COOの山川知恵(やまかわ・ともえ)さんに話を聞いた。
左から山川知恵さん、村松一輝さん、米田健史さん(撮影/岩崎量示)
旧藤丸(株式会社藤丸)側から米田さんに支援の要請があったのは2022年3月のこと。2021年4月にコロナ禍の逆風の中で中札内(なかさつない)村のグランピングリゾート「フェーリエンドルフ」のリニューアルを手がけるなど、事業再生の手腕を高く評価されての声がけだった。
米田さんは当時をこう振り返る。
「藤丸から話が来たときには、もう待ったなしの状況でした。資金ショートまでは57日間。お金が尽きた瞬間にシャッターが閉まる。ドンと潰れてしまえば従業員のみなさまは職を失い、手が付けられなくなった土地や建物は廃墟になっていく恐れすらありました」
米田健史さん。東京都出身。北海道大学法学部卒業後、2009年に野村證券株式会社に入社。2020年3月に退職し、2020年4月15日に株式会社そらを設立(撮影/岩崎量示)
最悪のシナリオが目に見えている中で、なぜ首を縦に振ったのか。
「僕らは金融を軸に、十勝の地域内総生産の拡大に貢献できるような仕事がしたいと考えて会社を立ち上げました。帯広の顔である藤丸が突然閉店してしまえば、あまりにも十勝経済に与える影響は大きいですし、逆にそれを食い止めて新たに人が集うような場をつくれば、まちの再生に大きな弾みがつきます。そもそも百貨店を再建したいという話だったら、僕らに声がかかるわけはありません。地権者の複雑な権利関係、テナントの保証金など、あまりに複合的に絡みすぎて誰も手を付けられない状態になっていた。だから金融に強い僕らに声がかかったんだと思います」
当時、その動きを報道で知った村松さんは言う。
「そらが藤丸のスポンサーになると知ったときには『救世主現る』と思いました。そらは、帯広駅前にある創業95年の老舗ビジネスホテル『ふく井ホテル』の事業継承にも名乗りを上げたばかりでしたから。ふく井ホテルの山田さん(前社長)が後継者としてその手腕を買った若くてエネルギッシュな会社がいよいよ藤丸のサポートに入るのか。これは何かやってくれるだろうなと、そのときは〈外野〉だったので一市民として期待していました」
ただ、米田さん自身も引き受けると言ったものの、不安がなかったわけではない。
「資金ショートが間近に迫る中で、再建計画云々よりも止血することが最優先でした。『やります』とは言ったものの、一時しのぎで終わる可能性もありました。ハードランディングだけは避けたい。破産や民事再生といった法的整理へ向かえば時間もかかってしまいます。半年間の閉店セールで時間稼ぎをしながら、関係者の合意を取り付けて私的整理の枠組みの中で債権・債務を整理する道を模索しました」
1982年に三代目となる現在の建物が完成。オープン日にはたくさんの人が詰めかけた(提供/藤丸株式会社)
借り入れを行う金融機関や土地・建物を所有する地権者との交渉、数十軒に及ぶテナントとの保証金に関する和解交渉、従業員の雇用問題など、一つ間違えればすべてが水の泡になってしまいそうなやりとりを水面下で粘り強く続ける一方、米田さんは次の一手を打つ。
「再建計画を遂行する新会社の設立と、その旗を振る人が必要でした。それは僕じゃない。経済界、地域の人から『この人がやってくれるなら藤丸は安心だ』という体制を整える必要がありました。僕としては資金面の戦略に専念したかったというのもあります。それで、ずっと地域のために汗をかいてきた帯広日産自動車の村松さんに声をかけました」
社員みんなに背中を押されて
「まさかと思いましたよ」
村松さんは米田さんから新会社の社長就任を打診されたその日のことをこう振り返る。
村松一樹さん。東京都出身。早稲田大学卒業後、日産自動車入社。2013年に帯広日産自動車の再建を託されて赴任し、3年で立て直す。2019年日産本社からMBOにより帯広日産自動車の全株を取得(撮影/岩崎量示)
「百貨店に関して素人である私に、新しい藤丸の代表という話が来ることは想像もしていませんでした。米田さんからはこれまでのいきさつを含め、いろいろな話を聞きました。30代の青年実業家が、私的整理に向けてこんなすごいことをやっていると知って驚きました。その米田さんから『私たちは地方創生ベンチャーとしてさまざまな再建を手がけてきましたが、これがいよいよ本丸です。藤丸再建を一緒にやってほしい』と懇願されました。
これは受けざるを得ないなと思う一方、迷いもありました。それで、最後にうちの幹部を集めて聞いたんです。『新しい藤丸を再建する会社の代表を依頼されているが、みんなはどう思う?』。そうしたら間髪入れずに『ぜひ受けてくれ』と言われました。彼らはほとんどが地元、十勝の出身です。十勝・帯広のランドマークである藤丸が閉店するというニュースは、彼らにとっても残念で悲しいことだったんです。『村松さんが社長を引き受けることはわれわれにとっても誇りだ』、そう言ってくれました。それで覚悟が決まりました」
新会社の顔は決定した。あとは再建計画の中身だ。村松さんは自身も参加する帯広市中心市街地活性化協議会の副会長で、空き店舗活用やまちづくり事業に詳しい山川さんに「手伝ってほしい」と声をかける。
山川知恵さん。帯広市出身。空間デザインを用いた空き家・空き店舗の活用、イベントの企画運営、起業支援などのまちづくり事業を手掛ける「空間Works」代表(撮影/岩崎量示)
「村松さんからお話をいただいたのが2023年1月です。村松さんと米田さんがタッグを組むことを知り、この二人なら可能性が広がると感じていました。『がんばらせてください』とすぐにお返事しました」
こうして藤丸の再建を担う新藤丸チームが誕生。再建計画のかじ取り役を村松さんが担い、企画を山川さんが担当、米田さんを筆頭に株式会社そらが資金調達を担う体制が整った(※)。
※藤丸株式会社は村松ホールディングスが51%、そらが49%を出資して2022年12月28日に設立。米田さんは取締役CSOに就任する。その後、株式会社そらは2024年2月に保有する全株式を藤丸株式会社に売却し、米田さんは取締役CSOを退任。スポンサー業務に徹するとして、藤丸株式会社との間で資金調達に特化したスポンサー契約を締結する
人が人を呼び、新藤丸チームが結成された(撮影/岩崎量示)
百貨店や大型商業施設といった規模の再建となると、大手デベロッパーが請け負ったり、行政主導で行われるケースも多い。そうした中で、「民間のベンチャーがこの規模の事業再生を行うのは珍しいとよく言われます」と山川さんは明かす。
「でも、十勝ってそういう地域なんです。民間主導でチャレンジする、十勝の人にはそういう気質があります。明治の開拓期、北海道のほとんどの地域が官主導で屯田兵が開拓を行ったけれど、十勝は違うんですね。依田勉三を中心とする晩成社が開拓団を組織して入植し、民の力で開拓を試みました。それ以来ずっと民間が主導して行政がサポートするというスタイルが十勝の伝統になっています」
「ただ……」と言葉を引き継ぐ村松さん。「私は民間だからとか、行政だからとか、そういう形式的なことよりも、米田さんや山川さんのように、若い力、女性の力が生きるダイバーシティのチーム・ビルディングをできたことが良かったと思っています。このメンバーだからこそ、よりお客さまの思いを吸い上げることができるし、将来を見据えて柔軟にものごとを考えられるでしょう。それが、このチームの一番の強みだと思っています」
「藤丸さん」を廃墟にしたくない
3人の中で唯一地元出身である山川さんには、藤丸に対して特別な思いがある。
「私の実家は藤丸のすぐ近くで、母や祖母は晩ごはんの買い物も洋服を買うのもすべて藤丸でした。私も藤丸の前を通って通学したり、学校帰りに友達とおやつを買ったり。毎日のように藤丸を見て育ちました。ある年代以上の帯広市民なら、おしゃれして家族でごはんを食べに行ったとか、『藤丸さんの包装紙』に包まれたお中元やお歳暮をいただいたとか、藤丸がにぎやかだった時代の記憶が必ずあると思います。
十勝・帯広の人にとって『藤丸さんの包装紙』は特別(提供/藤丸株式会社)
それが20年ぐらい前かな。少しずつにぎわいを失って、『なんか残念だよね』っていう感じをみんなが共通認識として抱くようになりました。ただ、自分たちでそう言うのはいいけれど、よその人から言われると家族の悪口を言われたみたいでイラッとくる。やっぱり私たちは藤丸が大好きなことに変わりはなかったんです」
2021年8月期決算は売上高44億7600万円で、ピークだった1992年の3分の1に落ち込んだ(撮影/岩崎量示)
「藤丸を廃墟にしたくない。これは十勝に住むみんなの願いです」という村松さん。
「中心部の百貨店が潰れて、誰も手を出せないまま放置され、街がむしばまれていった事例を目にしてきました。みんなが大好きなはずの藤丸が廃墟となって、帯広までもが沈んでいくのは本当につらいことです。だからそれだけは避けたかった。
再建には3つのステップがあります。1つめのステップは私的整理。これは米田さんたちの活躍で成功しました。2つめのステップはこの建物をどうするか。そして3つめはどう再建するか。2つめと3つめは一体で、さまざまな可能性が考えられました。たとえば建物を改修するのか建て直すのか。建物の中身はどうするか。藤丸の価値は何か。まちの人は何を望んでいるのか。本当にさまざまな角度から検討を行いました」
2023年1月31日午後7時、最後の姿を記憶に焼き付けようと集まった大勢の市民に見守られ、藤丸百貨店は122年に及ぶ歴史の幕を閉じた(提供/藤丸株式会社)
新コンセプトは「上質でうれしい十勝と出逢える」
2024年8月、2年余りにわたって行われた私的整理が完了し、2024年10月に再建計画が発表された。従来の建物を解体して新築し、2030年ごろ再オープンする計画だ。予定では2025年夏に解体作業を始め、2027年から新施設の建設に着手する。
市民にとって思い入れのある建物だけにスクラップ&ビルドは少々意外だった。その理由を村松さんはこう説明する。
「調査したところ建物は相当老朽化が進んでいました。2024年1月に能登半島地震が発生しましたが、巨大地震の可能性を考えれば改修よりも新築が一番の安全対策になります。また、改修の場合は延床面積も変えられず、新しい事業を考える上で多くの制約が生じます。新築であれば50年、70年、うまく使えば100年もたせることができるかもしれない。『藤丸』の名前を長きにわたってつなげていくには解体・新築がベストと判断しました」
再建後の業態は、百貨店ではなく複合商業施設を予定する。新しい建物の設計はこれからだが、地下1階から地上2階までは藤丸株式会社が運営する「藤丸」の店舗が入ることが決まった。上層階にはホテルが入るのか、オフィスや住居が入るのかはこれからの検討となる。
イメージ断面図(提供/藤丸株式会社)
新藤丸が開発・運営する3つのフロアは「上質でうれしい十勝と出逢える」がコンセプト。地下1階は「食」をテーマに十勝・帯広の食を発信するフードマーケット、1階は「住」をテーマとしたローカルライフマーケット、2階は「集」をテーマに子どもたちの遊び場や市民が活動するコミュニティスペースを展開する計画だ。
山川さんは言う。
「藤丸は百貨店には戻れないけれど、旧藤丸が地域で担ってきた価値は凝縮して受け継いでいきたい。百貨店として培った審美眼を引き継ぎ、上質なもの、ちょっといいものがここで買える。十勝・帯広の逸品を発信しながら、同時に地元の人が求める日本・世界の良い品を提供する。さらには若者が放課後に青春を謳歌したり、家族が週末に外食を楽しんだり、子どもたちがめいっぱい遊べるようなスペースを設けて、みんなが集える場にしたい」
建物が完成するまでの間は藤丸の北西、約1000坪のスペースを借りて仮設商業施設「藤丸パーク」を設置。再オープンまでのつなぎ営業として仮設店舗の運営やイベントの開催を行う。
トレーラーハウスのショップを常設し、十勝・道東の食材を使ったバルや食材販売店、十勝・道東のクリエイター作品を扱う物販店などをリーシングする計画だ。それ以外にも、物産展やマルシェ、ポップアップショップ、ビアガーデン、音楽フェス、アウトドアサウナといったイベントなどを頻繁に開催することで、にぎわいを創出する。
藤丸パークのイメージ(提供/藤丸株式会社)
「街中は人が交流するところ」と村松さん。「藤丸は民間の商業施設に違いありませんが、やはり公的な役割もあると考えています。2025年夏に開設する『藤丸パーク』は再建までの時間的なつなぎの事業ですが、駅前地区と中央公園、その先に広がる官庁街とを接続する空間的なつなぎの意味合いもあります。再建後の藤丸はもちろんですが、それまでの間も、藤丸は人が集い、まちに活気をもたらす核となる存在でありたいと願っています」
「藤丸パーク」のオープンに向けて現在、専用サイトで協賛を受け付けている。個人・法人問わず、1口3,000円からの協賛が可能だ(2025年3月頃までの予定)。
「藤丸を廃墟にしてはならない」。その思いが数珠つなぎとなってプレーヤーを引き寄せ、スタートした藤丸再建プロジェクト。行政でも、大手デベロッパーでもない、新藤丸チームに十勝・帯広市民の願いは託された。2030年に向けた「藤丸」の航海にこれからも注目していきたい。
●取材協力
藤丸株式会社
株式会社そら
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