モヤモヤを容赦なく掬い取る短編集〜高瀬隼子『新しい恋愛』

 タイトルには「恋愛」とあるが、ときめく部分は全く見つからない。五篇の短編には、日頃モヤモヤと思っているけれど説明がつかなかったり、人には理解してもらえなそうで言いづらかった気持ちと似ていることが書かれていて、「それ、わかるかも」と思うのだが、読み終わった後には「共感する」という言葉では表せない何かが残る。それはなんなのかを突き詰めて考えていると少々、いやかなり居心地が悪くなっていく。こんな珍しい恋愛小説を書いた作家は、もちろんあの高瀬隼子氏である。

 表題作の主人公は、25歳の女性だ。姉から中学生の姪・美寧々を一晩預かってほしいと頼まれる。週末は恋人の遥矢と過ごす予定だったが、自分を慕ってくれている姪と過ごせることを嬉しく思う。美寧々が産まれた時、主人公は中学生だったのだが、姉夫婦もしばらく実家に一緒に住んでいたので、姪と言っても妹のようなものなのだ。義兄は気のいい人で、姉と同じように主人公をかわいがってくれている。自分もいずれは、姉のように子どもがほしい。大学の同級生で、社会人になってから付き合いはじめた遥矢も子ども好きだ。そろそろ結婚するのだろうと、本人も周囲も思っている。

 順風満帆という言葉がぴったりとくる状況ではないか。何も問題はなさそうだ。「恋バナ」をしようと無邪気に言ってくる姪に、うらやましいって言われるような明るくハッピーなのろけ話がいくらでもできそうだね……と読者を油断させたところで、主人公の口から謎発言が飛び出す。

 「プロポーズされたくなくて」

 え?どういうこと?彼氏のこと好きなんだよね?結婚して子どもがほしいって言ってたよね?

 美寧々ちゃんと一緒になって質問攻めにしたくなるが、ここで主人公の意外な過去が明かされる。ロマンチックなのが嫌という主人公の気持ちは理解できるところも多く、かつて自分自身が味わったり人から聞いたりした、いろんな感情を思い出しながら読んでいた。だが、この小説はそこで終わらない。最後数ページで物語の角度がまたもやガラッと変わる。「新しい恋愛」というタイトルの秀逸さに驚愕した。

 頼りにしていた先輩社員の送別会の後に、花束を押し付けられて困惑する新卒女性の心境の変化から目が離せない『花束の夜』と、好感度が高い五十歳の課長が二十四歳の女性と結婚することになったことにより、主人公の迷いと社内の辛辣な反応が炙り出される『いくつも数える』が特に印象深い。どちらも職場が舞台だからだろうか。読む人が置かれている状況によって、気になる小説が変わる短編集なのではないかと思う。

 恋愛にはいろいろな形があるけれど、その時代や年齢、属する社会によって、理想的と言われるパターンがあるのではないだろうか。人それぞれでいいんじゃないの、と口では言うものの、他人がそして自分自身が、そこから外れる行動をしたり違う感情を抱いている時、不安や嫌悪感に心はざわめいてしまう。なるべく見ないふりをして流していくそういう気持ちを、著者は容赦なく掬い取って小説にしていく。恐い作家だ。新刊が出るたびに読まずにいられない。

 (高頭佐和子)

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