理屈を超えた恐怖がこみ上げる〜澤村伊智『斬首の森』

理屈を超えた恐怖がこみ上げる〜澤村伊智『斬首の森』

 これ、どっちなのかなあ、と首をひねりながら読み続ける。

 新作長篇『斬首の森』(光文社)を書いた澤村伊智は、ミステリーのプロットをホラー的な恐怖の中で活かすことが抜群に巧いし、ホラーの奇想をミステリーの論理性に融合させるのも得意とする作家である。どっちもできる。だから作品を読むときも、ホラーとミステリーの技巧、どっちを主に使っているんだろうか、と考えつつページをめくっていく必要があるのである。主戦場はホラーだけど、いつでもミステリー畑に名乗りを挙げる準備はできている。そんな感じ。

 水野鮎美という女性が、週刊誌の記者から取材を受けている場面から物語は始まる。現在は倒産して、経営者も行方をくらましてしまった「T」という会社がある。研修と称して社員を監禁し、暴力的な手段で洗脳を行っていたと噂される企業だ。水野はその合宿所にいたことがあるというのである。「断れない女」「自己肯定感の低い女」と記者の小田は内心目の前の水野を蔑みながら、話を聞いている。

 それが序章だ。第一章で時間は過去に飛び、その合宿所の場面になる。「マサキさんの死体は、早くも変なにおいを放っていた」という一文から始まるのが強烈だ。リンチとしか言いようのない暴力が振るわれ、研修に参加していた一人が死亡したのである。〈わたし〉こと水野は複数の研修仲間と一緒に、その死体を埋めさせられる。死体遺棄は立派な犯罪である。もちろん、傷害致死も。犯罪の片棒を担がせられても、〈わたし〉の心は動かなくなってしまっている。そういう場所なのだ。

 この合宿所で火事が起き、〈わたし〉は太刀川、久保、佐原、土屋の四人に連れられて脱走する。金や携帯電話などは取り上げられており、ジャージを着たきりの徒手空拳である。そこが何県のどこなのかもわからないという文字通りの五里霧中状態で、一同は心細い逃避行を開始する。薄暗い森の中を彷徨ううちに惨劇が起きる。いつの間にか姿を消していた太刀川が、生首だけの状態で発見されたのだ。それが転がっていたのは、忌まわしい討伐の木の根元だった。

 討伐の木というのは、合宿所にあったオブジェである。偽物の木で、枝からは金属の棒を結わえつけた紐がぶら下げられている。私刑にはいくつかの段階があるのだが、第四のそれでは、木から下がった棒で打ち据えて自分を「討伐」するように命じられる。自分で打てなければ他人が打つ。そうして撲られている間に、マサキさんと呼ばれる男性は絶命した。そのオブジェとそっくりな木が、森の中にあったのだ。いや、この木を模してオブジェは作られたのだろう。本物の討伐の木は、枝に無数の刃物が吊り下げられていた。

 ここまでの紹介だけで十分に小説の奇怪さは伝わったのではないかと思う。人を殺して埋めるのが当たり前になっている企業の合宿所、その中にあるオブジェは実在の場所を模したものらしいし、そこにたどり着いた途端に人が首を切って殺されてしまう。しかも水野は現場で異様な影を目撃するのである。「赤と黒の、巨大な虫のようにも思えた何か」を。

 これは書いてしまっていいと思うが、太刀川一人に留まらず、次々に死者は出る。みな、首を斬られた状態で発見されるのである。何者の仕業なのか。それとも、何か、なのか。

 本作が上手いのは、水野たち一行の中に裏切り者がいることが示唆される点である。Tからの回し者が仲間を装って紛れ込んでいるのではないかということだ。首斬り殺人者は自分たちの中にいるのではないかという疑いも浮上してくる。つまり、変形の孤島ミステリーになるということだ。孤島の招待客が次々に殺害されていくという連続殺人劇では、最初に誰か第三者が潜んでいるのではないか、という可能性について検討されるのが定石だ。それが否定されれば、自分たち以外に犯人はいないという結論になる。『斬首の森』でも同じことが行われ、逃亡者の中に殺人犯がいるかもしれないという疑いが浮上するのである。ミステリーだ。

 謎は殺人犯は誰かという問いだけに留まらない。水野たちが彷徨う山そのもの、そこに合宿所を構えているTはいったいどんな組織なのかということも問われなければならないだろう。山やTの奇怪さから、その問いの先には恐怖しか待っていないようにも思えてくる。ホラーである。

 どちらの側に属する物語なのか、という興味はずっと持続する。さらに、水野たちは無事に山を下りられるのかという生存への関心もあるので、物語の雰囲気は張り詰めたままである。理想的なスリラーと言えるだろう。

 解答が与えられるのは物語の終盤近くである。もちろんネタばらしはしないが、そういう手があったのか、と感心したということだけは書いておこう。十分に論理的であると同時に、理屈を超えた恐怖がこみ上げてくるほどに真相は奇怪なものである。納得しながら背筋が寒くなるという、またとない読書体験を味わうことになった。これは澤村伊智の小説である。澤村伊智だけが、こういう境地を書くことができるのだ。

 グロテスクなものが苦手な方はちょっと二の足を踏む内容であるが、怖いもの見たさでもいいからぜひ体験してみてもらいたい。『斬首の森』を読まない限り、決して見ることができない世界、味わうことのできない物語というものがここにはある。澤村伊智、得難い才能である。

(杉江松恋)

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