日本の殺人事件の過半数を占める”近親殺人事件” なぜ人は家族を殺してしまうのか……
家族や親族間で起こる殺人事件を近親殺人と呼ぶ。大切な家族の命を奪ったり奪われたりすることなど、多くの人は考えたこともないだろう。しかし、実は日本で認知されている殺人事件の過半数は家族を主とした親族間で起きているという――。
事件の当事者も初めから家族の命を奪うつもりはなかったはずだ。事件が起こる家庭とそうでない家庭とでは一体何が違うのか。その答えを見つけるべく、石井光太氏の著書『近親殺人―家族が家族を殺すとき―』(新潮社)を手に取ってみた。
同書は実際にあった7つの近親殺人事件について、著者が実際に裁判を傍聴したり現場から話を聞いたりしてまとめたノンフィクションだ。実際の人物や地名などは極力伏せているものの、事件が起きるまでの家族の暮らしぶりや経済状況、心境などを事細かに記している。事件の関係者の生の声を聞いてきた著者は以下のように綴った。
「事件の関係者の口からは、読者が驚愕するような冷淡な言葉が発せられることもあれば、胸を締め付けられるくらい悲しい境遇が語られることもある」(同書より)
今回は第一章で取り上げられている、娘が母親の介護を放棄した結果、死亡させてしまった「介護放棄」の事例を掘り下げて紹介していこう。
事件当時、死亡した母親のマンションには30代前半の長女と次女が同居していた。にもかかわらず次女から通報を受けて駆けつけた救急隊員が見たものは、見る影もないほど痩せこけた初老の女性の姿だったのだ。
「母が死んでいるみたいです」(同書より)
まるで他人事のように通報した次女。その後、隊員が母親の健康状態や発見時の状況について尋ねるものの、返ってくるのは曖昧な返事ばかりだった。なぜ実の母親にもかかわらず、ここまで無関心でいられるのか。その理由は姉妹の壮絶な生い立ちにあった。
事件のおよそ30年前、自動車工業の技術職である父と専業主婦の母のもとで育った姉妹。父と母は絵にかいたようなおしどり夫婦で、姉妹も頼りがいのある父が大好きだった。しかし姉妹が中学生のとき、父が肝臓がんでこの世を去ってしまう。父を失った母の落ち込みは激しく、一時は一家心中を考えるほど追い詰められていた。
その後、治療を受けて何とか仕事ができるまで回復したものの、以前よりも姉妹に感情をぶつけることが増えた母。特に長女への当たりはすごく、何度も理不尽に怒鳴られたという。
「母は日々のいら立ちを私だけにぶつけているようでした。妹にはほとんど何も言わないのに、私にだけ怒鳴ってくる。勉強ばかりじゃなく、家の片付けだとかこまごましたこともうるさいほど注意されました。洋服の襟の形がおかしいとか、電化製品に小さな傷がついているとか。しかも、単に注意するだけじゃなく、大きな声で『あんたなんて産まなければよかった!』とか『目の前から消えて!』みたいな人格を否定するような言い方をするんです。私もうつ病みたいになっていました」(同書より)
長女として家を支えてきた努力が認められず、母への憎しみを募らせていった長女。そんな長女と母の間に決定的な亀裂が入ったのは、長女が高校3年生のときだった。自室でくつろいでいた長女に、母が「汚い部屋ね」と大声で怒鳴りつけたのである。さらに母は今後一切長女の世話をしないことを宣言したのだ。
その日以降、母は本当に長女の分だけ家事を一切やらなくなり、長女は身の回りのことを全部自分でするようになった。家族3人が同じ家で暮らしながら、長女と母だけがほぼ絶縁状態にある歪な関係が続いたのである。
その後、姉妹が社会人になると、再び体調が悪化して寝込むことが増えた母。仕事もできなくなり、生きるためには娘たちのサポートが必要不可欠となっていた。しかし、仲違いしていた長女は母の世話を当然拒否。次女が面倒を引き受けるも、次第に母の存在が疎ましくなっていったという。
同書ではこの後も娘たちから満足に食べ物を与えられず、次第に存在までも消し去られてしまう母の悲惨な末路が綴られている。中でも衝撃的だったことは、姉妹がLINEで「まじ消えてほしいわ」などと母の悪口を言い合っていたことだ。
もとはごく普通の仲のいい4人家族だった。家族の運命を大きく変えたのは、おそらく父の死だろう。逆を言えば今普通に暮らしている私たちも、ある日突然事件の当事者になる可能性だって十分にあることを受け止めなければならない。
同書では他にも「引きこもり」「貧困心中」「家族と精神疾患」「老老介護殺人」「虐待殺人」「加害者家族」をテーマとした近親殺人事件を紹介している。どれも読むのを躊躇するほど痛ましい事件ばかりだが、家族や周りの人たちと付き合っていく上での大事な気づきが得られるだろう。
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