巨竜とファウストが拮抗するマジック・リアリズム〜ルーシャス・シェパード『美しき血 竜のグリオールシリーズ』
1984年に発表され、いくつものSF賞あるいは幻想文学の賞の候補になった中篇「竜のグリオールに絵を描いた男」に開幕、シェパードが生涯にわたって(断続的ではあるが)書きつづけた《竜のグリオール》シリーズの最終作にして、唯一の長篇である。まず2013年にフランス語訳版が刊行。そして、作者逝去後の14年、英語版が出版された。
グリオールは何千年も前に、ある魔法使いと相打ちになり麻痺状態に陥ったが、その後も成長をつづけ、全長一マイルほどの巨体となってうずくまっている。地形と一体化し、生態系の中心となり(剣呑な寄生生物が棲息している)、そこにテオシンテという都市が建造された。そこに暮らす人々は、グリオールを神性を帯びた存在として畏怖している。
本書の題名である『美しき血』とは、黄金色にきらめくグリオールの血液のことだ。若き医師リヒャルト・ロザッハーは、この血液の研究に没頭していた。彼には知恵と情熱があったが、倫理や良識を省みない。この人間性をすこし踏みはずした主人公が、物語全体に独特の陰影をあたえている。ファウスト的と言ってもいい。
ロザッハーは研究の手助けとしてならず者を雇ったため、トラブルに巻きこまれ、あげくにグリオールの血液を注射されてしまう。それが不思議な作用をもたらし、彼は数奇な人生をたどることになる。もっとも異常な現象は、時間がスキップすることだ。目覚めると数年が経過しており、その期間の記憶がすっぽり抜けおちている。しかし、その空白な時間にも、ロザッハーはとどこおりなく生活を送り、事業を進めているのだ。
グリオールの血には、高揚や肯定感をもたらす効果もあった。しかも、麻薬のような中毒性はない。ロザッハーはグリオールの血を原料とした製剤”マブ”を生産し、これによって財を成す。ちなみに”マブ”には時間スキップ作用はない。時間スキップは、あくまでロザッハーとグリオールとの因縁を刻印するものなのだ。
拡大する事業と資産。その利権をめぐって、人間関係が歪み、政治的な駆け引きが繰りひろげられ、教会からの圧力も加わる。ロザッハーは社会の表舞台から裏舞台、さらには国境をまたいだ紛争の場へと身を投じていく。その過程で、物語の背景にある世界の様相がわかってくる。巨竜が存在するこの現実は、けっしてファンタジイ的な異世界ではない。テオシンテの地理的位置すら、ある程度推測できるように書かれている。
シェパードはかつて長篇『戦時生活』や短篇集『ジャガー・ハンター』によって、SF界きってのマジック・リアリズムの書き手として称賛された。そのスタイルは、本書でも効果をあげている。
(牧眞司)
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。