藤野千夜『じい散歩 妻の反乱』にじんわり笑う!

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「ママは? 誰が見てるの」
「ひきこもりが」
「ひっどい」
「借金も、しばらくいるっていうから」

 主人公の明石新平とその次男の会話である。「ママ」というのは、要介護の妻・英子のことだ。主に面倒をみているのは、90代の新平である。3人の息子は全員50代独身だが、積極的に手伝おうとするものはいない。長男の孝史は「ひきこもり」で、高校中退して以来ずっと働かずに家にいる。洗濯をするように言えば3回に1、2回程度は文句を言いながらやるが、雑な干し方をするのでいつも新平がやり直している。「借金」とは三男の雄三のことで、アイドル撮影会の会社を起こしたものの、うまくいかず実家に戻ってきた。新平も金を貸しており、会社を畳むように何度も言っているが話を聞こうとしない。それどころか遺産をあてにされているらしく、信用できない。次男の健二は、「自称長女」で、彼氏と一緒に暮らしている。口うるさいわりにはたいして役に立たず、何かと辛辣な発言をしてくる。

 前作「じい散歩」(双葉文庫)の終わりから2年半経ったところから始まるのだが、明石家、ますますヤバいことになっているではないか。独身親不孝者の私としては、息子たちの身勝手ぶりに眉を顰めつつも、他人事とは全く思えず「すみません!」と代わりに詫びながら、コソコソ逃げたくなる。高齢化社会、老老介護、8050問題……。いかんともしがたい問題がぎっしり詰まった小説なのに、読んでいるとなぜかのんびりした気持ちになって、じわじわと笑えてくるのである。

 定期的な運動を心がけ、よく食べ、パソコンも使いこなす。看護師さんやヘルパーさんの力を借り、自宅で妻の介護をする。九十代とは思えない驚異的な若さである。時には使い勝手の悪い息子たちに妻を任せて、散歩に出かける。気になる建築物を眺め、洋食を平らげ、カフェでお茶して、家族への土産を買う。めっちゃ楽しそうである。とは言え、先がそう長くないことは自覚している。所有するアパートの一室で、長年収集してきたエロ本を見ることを楽しみにしていたのだが、先々のことを考えついに処分することに決めた。

 新平は、よその家の息子や甥っ子がすっかり立派な大人になったことに感心はしても、自分のふがいない子どもたちと比較して悲観的になったりしない。息子たちが理解し難い生き方をしていても、一方的に否定するようなこともしない。そういう柔軟性が、若さの秘訣なのだろうか。

 長男として兄弟にも頼りにされ、かつては建設会社を経営し羽振りの良い時代もあり、高齢になってからは妻の介護も懸命にやってきた新平だが、決してずっといい夫だったわけではない。妻を苦しめたこともあったのだ。そのことをズケズケと指摘する健二に、従姉妹がこんな言葉をかける。

「覆水は盆に返らないんだから。みんな、今、できることをするしかないのよ」

この一言がやけに沁みるのは、私もたくさんの後悔を抱えているからなんだろうなあ。しんみりとした気持ちになったけれど、最後は「妻の反乱」にニヤリとしてしまった。新平には、まだまだ主人公として元気に活躍してほしい。

(高頭佐和子)

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