ますますパワーアップする鈴木るりか『星に願いを』がいい!
「罪を憎んで人を憎まず」という教えがある。人には表面ではわからない事情があることはわかっている。素直にそういう気持ちになれる時もある。だけど、あまりに理不尽なことを目の当たりにした時、私はやはり「人」を憎む。自分だって、誰かに石を投げられるほど正しい行いばかりをしてきたわけではないが、許せぬものは許せぬのだ。地獄に堕ちてしまえ!と思って、何が悪いんだよっ……という考えの私に、この教えの意味を改めて考えさせてくれたのは、二十歳の作家が書いたこの小説である。
十四歳の時『さよなら、田中さん』でデビューしてから早6年、田中花実親子を主人公にしたシリーズは、これで四作目である。一作目で小学生だった花実は、中学三年生になった。大人社会をフラットな視線で見る、優しさと冷静さは相変わらずだ。著者の類いまれなユーモアセンスには磨きがかかっている。フレッシュな感性とやけに老成した人生観のブレンドされた独特の空気感、なぜか漂う昭和の気配……。これが、クセになる面白さなのだ。
花実のお母さん・真千子(たくましく愛情深いシングルマザー)と、親子が住むアパートの大家のおばさんの会話から物語は始まる。テレビで放映中の洋画を見ながら、スイス銀行ってどういうところなのかを話し合っているのだが、トンチンカンな妄想が広がっていく。漫才のような二人のトークに、震え笑いが止まらない。この冒頭の数ページだけで元は取れたなと思ってしまうが、ここから花実親子には大きな試練が待ち受けている。
真千子がひったくりにあい、怪我をしてしまうのだ。被害金額は三万円。三十円のうどん玉が千個買える大金だ。怪我は軽症だが、肉体労働を仕事としている真千子は働けなくなってしまう。経済的にギリギリな田中家にとっては一大事である。
「大丈夫」と真千子は言うが、花実は不安でならない。親友の佐知子と転校生の香川君も心配してくれる。(香川君との素朴なやりとりが微笑ましくて、ニヤニヤしてしまう。)そこに登場するのは、私立中学に進学した真理恵のママだ。お嬢さま育ちで純粋な真理恵ママは、なんとか助けになろうと花実にある提案をする。それは経済的にゆとりがあってこそできる援助だ。場合によっては「憐れみはいらん!」と拒否したくなるようなやり方かもしれない。だけど花実は真理恵ママの優しさと気遣いを理解し、いつか自分も同じことができる大人になりたい、そして真理恵ママにお礼を持って行こう、と思うのだ。
花ちゃん、良い子に育ってるわぁ……。気がつくと、親戚のおばちゃんのように、ハンカチを目にあてている私であった。その後、犯人は逮捕されるのだが、意外な人物であることがわかり……。
自分が巻き込まれた犯罪と、予想外のやり方で向き合ったばかりの花実のところに、真千子の母・タツヨが亡くなったという知らせが来る。タツヨはいわゆる毒親で、真千子からは長らく死んだと聞かされていた。前作で一度だけ会った祖母が書いていたと言う日記を、花実は手にする。そこに書かれていたのは、愛情を受けずに育ち、打ち明けることのできない罪を抱えて、孤独に生きた女性の深い後悔の物語だ。さまざまな経験を通して成長した花実が、祖母の思いを自分なりに受け止めようとするラストに心打たれた。花実親子が笑顔で過ごせるようにと、祈らずにいられない。おばちゃんは、高校生になった花ちゃんに会える日が、今から楽しみだよ。
鈴木氏のことは、以前から心の中で「師匠」と呼ばせていただいていたのだが、もう一生ついて行きたいと思っている。若い読者にも受け止められる言葉と、昭和生まれも笑顔にしてくれる独特のユーモアに加え、人生の深みを描こうとする真摯さがある。その全てが、作品を追うごとにパワーアップしていく。今読まないのはもったいない。
(高頭佐和子)
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