スイミングスクールからお寺まで…広がるICT教材の活用フィールド。次世代の教育現場に求められる“意識改革”
本記事は株式会社すららネットの執行役員・マーケティンググループ統括 松本梢氏のインタビュー記事・後編です。(取材日:2023年7月)
「すらら」を全国の学校や塾に広げたい
--前編で、ICT教材「すららネット」の実用性が証明されたというお話を伺いましたが、その後すぐに活用が広がっていったのでしょうか?
松本:じつは、ベンチャー・リンクから当時12人で独立したときはもう大赤字でした(笑)。でも、それ以上に、この「すらら」をたくさんの子どもたちに届けるためには、多くの教育現場で使ってもらわなきゃいけないという使命感をもっていました。
「すらら」の教材は社会に本当に変革を起こせるし、子どもたちの人生を変えるというのを私はモデル校の現場で確信を得ていたので、とにかくこれを何とか広めていきたいという気持ちで、当時は必死で営業に回っていました。
ヒール履いて重たいキャリーケースを引っ張って、毎日朝昼晩、違う都道府県にいるくらい。ムキムキになりましたね…(笑)。
--各現場での導入はスムーズでしたか?
松本:いいえ、導入に難色を示されるケースもありました。たとえば学校現場へ「すらら」の教材を持って行って、先生方に『もう教えなくていいですよ』というお話をすると、導入されないんです(笑)。
なぜかというと、塾でも学校でもそうですが、先生は基本的に“教えたい”からです。先生方は教えるプロなので、それは当然のことですよね。
1つお伝えしたいのは、教育において本当に大切なものは、やっぱり私は“人”だと思っています。その考えは、たとえ教材がデジタルになっても変わりません。
--教材がデジタル化しても、教育には“人”が関わることが大切であるということでしょうか?
松本:はい。子どもたちにとって、先生や講師、保護者など、そばで支えてくれる“人”、いわゆるロールモデルとなるまわりの大人の存在はとても大きいのです。
一方で、今、学校の先生方は本当に忙しい。授業以外の時間では子どもたちと話す時間が全然取れないという声も聞きます。
学校って、勉強を学ぶためだけの場ではないと思うんです。入試に勝てばいい人生を送れるという考え方もありますが、東大を出たからといって、全員が無条件に幸福を掴めるわけではない。結局は、“生きる力”を身につけていくことが大切だと思っています。--“生きる力”を身につけるためには、人との関わりも大切であると。
松本:はい。たとえば人と対話して、話している相手に対して相槌を打ったりする。こういったソーシャルスキルは、学校で勉強として教わったことではなく、人との関わりを通じて身についていくスキルであって、大切な“生きていく力”の1つです。
一方で、今の教育現場や家庭環境においては、先生や親が多忙すぎて、子どもたちとゆっくり話す時間すら持てないような状況なんです。これがとても大きな問題だと思っています。
そこで、いわゆる“勉強を教えること”は「すらら」に任せて、そうではない、コーチングだったり、対人でしか学べないところに先生や保護者が時間をさけるようになってほしい。
やはりそこで意識改革が行われないと、ICT教材を使った本質的なDX化は進まないと思っています。
お寺やスイミングスクールでも活用、ICT教材の可能性
--学校現場以外でも、ICT教材の活用が広がっているようですね。
松本:はい。最近だと、たとえば英会話やスイミングのスクールでもICT教材が導入されています。
お稽古事って、どこかで止めて学習塾にシフトするパターンになりがちですが、そこをつなぎとめることで、ライフタイムバリューを伸ばしていく。子どもたちにとって学習シーンの選択肢が増えることはもちろん、事業者側にもメリットがあるんですね。
あと、お寺が「すらら」を使って塾をやっている例もあるんですよ。“ゆりかごから墓場まで”という言葉がありますが、地域の檀家さんたちとのコミュニケーションをもっと厚くしていくという形で、袈裟を着たお坊さんがICT教材を使って学習塾を開いています。
--導入側に、勉強を教えるための高度なスキルは必要ないのでしょうか?
松本:むしろ教えるスキルというよりは、学習ログ(データ)をしっかり見て、生徒に対して適切なタイミングで声掛けができたりする、そういうモチベーターとかコーチングができる方は、「すらら」を使うことで個人でも十分に塾を運営できます。実際に現在大手から個人まで合わせると、全国に約1200校あります。
なかには学校の先生だった方が独立する例もありますね。学校現場で管理職になって子どもたちとのコミュニケーションが遠のいてしまったとか、学校組織だと自分の考える指導や教育が十分にできなくて独立するとか、いろんなケースがあります。
ICT教材の導入で失敗しないために
--ICT教材には導入のメリットが多い一方、まだ導入に踏み切っていないところもある。それはなぜでしょうか?
松本:「導入してもうまくいかないのではないか」「どのように活用すべきかわからないから踏み切れない」などの不安は、実際にあると思います。
導入してもうまくいかないパターンとしては、大きく2つあります。
1つは「ICT教材入れたらうまくいくんでしょ」という、目的がはっきりしてない導入です。とりあえずパソコン配ってIDパスワードを渡せば勝手に子どもが進めるだろうっていうケースは、うまくいかないですよね。
結局何のためにICT教材を導入するのかというところが大事なんです。塾ならCS向上とか、今2科目提供だけど5教科に増やして理科社会の提供もしたいとか、その目的っていうところがフワッとしているとなかなか効果が発揮されないですね。
--ICT教材をなぜ導入するのかをしっかり考えておくべきですね。
松本:そうですね。2つめとして、導入に“意識改革”が追い付いていないというケースもあります。
ICT教材の導入においては、先生が教えない代わりにデータで学習ログをしっかり見てその生徒の特性を分析するということが大事なので、要は“自分の役割が変化する”ということなんです。
ICT教材を活用する現場において必要なのは、ティーチングではなく、学習のデザイナー、設計者、伴走者になるということ。
教えることをやめないで、さらに学習ログの分析もやりなさいと言われたら、単純に先生の仕事が増えるだけになってしまいます。
それに、紙の教材を今まで通り使いながら、パソコンでもさらに宿題を出します!って言われたら、生徒も嫌じゃないですか(笑)。
そうなると結局うまく使いこなせないということになり、失敗する。つまり、ICT教材を導入するのであれば、先生という仕事のオペレーション自体を変えないといけないんです。
先生の役割を変えていく。導入に必要な意識改革とは
--“先生の役割が変わる”となると、大きな改革ですね。
松本:はい。いわば、“業態の転換”なのです。
今あるものは変えずに入れようというのは絶対うまくいかなくて、今あることのどの部分をやめて、ICTに移行するのか。それは何のためにするのかっていうのがすごく大事ですね。
そこに使い手のリテラシーが伴わないと教材のよさを発揮できないということも課題です。そもそもICT教材は、パソコンやタブレットを講師側が使いこなせるかというところに依存してしまう。
たとえばタブレットで宿題を配信すれば、その場で丸付けされるし、解説も出る。夏休みなんかも、先生が休み中にも進捗具合を確認することができますし、休み明けに紙の答案用紙を回収する必要もないわけです。
しかし、未だに紙とパソコンで同じ宿題を配る学校がある。一方で、すでに転換できている学校もある。結局、導入側のリテラシーによって同じ教材でも使われ方が変わってしまうことは我々も課題視しています。
保護者の役割も見つめ直す機会に
--ICT教材の導入は、保護者からも反響がありますか?
松本:ありますね。働きながら子育てするのって本当に大変。今は親が丸付けをすることで子どもの学習状況を把握できるようになっていますが、その負担が大きすぎて逆効果になってしまう例もあります。
そこで、丸付けだけでもICTで自動化できれば親は学習ログを見るだけで子どもの学習状況を把握できますし、データを見ながら親が子どもを褒めるというポジティブな会話にもつながりますよね。
母親が仕事で疲れていて余裕がないと、「今日宿題してないの?なんで学童で終わらせて来ないの」という声掛けになってしまう。ICT教材があれば、自分で宿題を完結できて、疑問もその場で解決できる。
親が教える時間がないからという理由で塾へ通う必要もなく、家でいつでも24時間、自分のペースで1人でも学べるのが、ICT教材の魅力ですね。
--その場で疑問が解決できることで、“楽しい”という気持ちも生まれそうですね。
松本:はい、まさにそうですね。小学生って、まだ勉強じゃなくて“学び”なんです。わくわくして「地球ってなんで丸いの」「空ってなんで青いの」「星ってどうなってるの」とか。
そういう身近なところから湧き出てきた疑問を、子どもが知りたいタイミングで「すらら」の教材は教えてくれるんです。
自分のペースでやるので、興味のままにどんどん進めることができるし、進めるだけじゃなくて「最近ちょっと算数で忘れている単元があるからもう1回やり直そうかな」とか、自発的な管理能力や計画性も身につけられます。これは社会人になってもいきる能力だと思っています。
「すらら」では、その子の学力理解度に合った問題を一問一答形式でどんどん投げてくれて、どこができてないかをAIが学習して診断する機能もあるんですよ。
楽しみながら勉強できて、できることが自然と増えれば、それだけ自己肯定感を積み上げることができます。
--松本さんご自身は子どもとの接し方をどのように考えていますか?松本:私には娘がいますが、常に支援者として見守る姿勢を大切にしています。「すらら」は、本人が自分の「やりたい」気持ちのままに進めているうちに、自然と自己肯定感の塊みたいになっているので、もう親は毎日「すごいじゃん」って言っているだけです(笑)。
私の考えとしては、“子どもの好奇心を大事にしたい”っていうそれだけなんです。子どものうちからいろんな選択肢を与えたうえで、最終的には“本人に決めさせる”ということを大事にしている。本人が自分で選択できるような環境を整えてあげたい。その1つが「すらら」なんです。
--ICT教材との向き合い方に悩んでいる保護者へ伝えたいことはありますか?
松本:やはり最初はICT教材に不安を持っている保護者の方は多いと思いますし、当社としても教材との付き合い方を精一杯サポートしたいと思っています。
学校や先生のメリットも大切ですが、結局一番子どもに接しているのは親なので、家庭環境で親から受ける影響はやっぱり子どもにとってすごく大きい。
たとえば学校からタブレットが配布されて、家でYouTubeばっかり見るようになった…などといったネガティブなことも親御さんからよく言われます。そこをどう解決するかというところを、我々ももっと発信していかなければならないと思っています。
<インタビュイープロフィール>
松本 梢(まつもと こずえ)
執行役員/マーケティンググループ長 大分県生まれ地元大分県で大学生時代から個人家庭教師のアルバイトを始めたことから教育業界への道に入る。(株)すららネットの前身の会社である、ベンチャー・リンク(東証一部上場)に2007年入社。ICT教材「すらら」で教える初のモデル校兼実証実験校「次世代型学習塾」の塾長として塾経営と学習指導の両方を担う。2010年MBOで独立後、学校部門の責任者として週7日のうち5日は地方出張するなど、営業活動に従事。2016年から塾部門の責任者となり2017年の東証マザーズ(現.東証グロース)上場に貢献。2018年執行役員就任、2021年よりマーケティンググループ統括を兼任する。現場の先生の状況や課題を把握し、人の力が最大限に発揮される『AI教材×人』のベストミックスについて、それぞれの現場にフィットした活用提案をし続ける。1女の母。
ウェブサイト: https://techable.jp/
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