百字の宇宙、百字の日常
Twitterを媒体にして息長く発表がつづいている「ほぼ百字小説」の新刊。これまでキノブックスから三冊、ハヤカワ文庫から一冊が刊行されているが、この新しい版元からは本書を皮切りにまずは三冊がつづけて出ることが決まっている。名づけて「シリーズ 百字劇場」。本書に収められているのは二百篇だ。
たいへん面白いのだが、書評するのはむずかしい。一篇ごとにタイトルがついているわけでなく(無題なのは意図があってのことだろう)、かといって一篇をまるっと引用するわけにもいかない(ネタバレというか無断転用だ)。ストレートに「とにかく読んでみてくれ」と言いたいが、それでは書評の用をなさない。
これは百字小説にかぎったことではないが、北野作品の持ち味は「怪しくも懐かしい日常」「あたりまえのような不思議」である。少年のときに身近だった世界の匂いや光や色、長らく忘れていた感覚が甦ってくる。
そのいっぽうで、個々の作品には過去の名作SFと共振するところが見つかる。この『ありふれた金庫』に収められているなかでは、レム『ソラリス』やクラーク『2001年宇宙の旅』をはっきりと元ネタにしている作品がある。オチの捻りかたはさすが北野センスというか、落語的エスプリが効いている。
かと思うと、横田順彌のナンセンスSFをぎゅっと結晶化したような作品もある。円城塔を思わせるテキストそのものが宇宙になっている感覚の作品もある。飛浩隆の透き通った情緒性に通じる作品もある。ジョン・バースやフリオ・コルタサルばりの全体がくるりと裏返るメタフィクションもある。
高山羽根子さんの解説付き。また、カバー袖のQRコードから、作者自身による全作解説にアクセスできるようになっている。一篇ずつの舞台裏を披露しながら、ちょっとした身辺エッセイのようだったり、独自のSF観が垣間見られたり、なかなか楽しい。
(牧眞司)
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