人種差別が蔓延る日常と怪異に満ちた超自然のアメリカ
作者本人が明かすところによれば、この作品は、SFを愛読する黒人が直面する特有の困難について書かれたエッセイ(パム・ノールズの『Shame』)がひとつのきっかけだという。
『ラヴクラフト・カントリー』という書名は、この作品を構成する八つのエピソードのうち最初に置かれている一篇の表題から採られている。この「ラヴクラフト」には、ふたつのニュアンスが込められている。
ひとつは言うまでもなく怪奇小説家のしてのラヴクラフトだ。このエピソードでは外界から隔絶された田舎町を舞台にスーパーナチュラルな怪異が語られる。
もうひとつは人種差別主義者としてのラヴクラフトである。ラヴクラフトが差別的偏見を抱いており、それが作品にも反映されていることはかねてより指摘されていた。このエピソードの主人公である黒人青年アティカス・ターナーとその家族や友人は、日常的に差別にさらされつづけるのだ。時代は1950年代である。
朝鮮戦争から帰還したアティカスは、父親のモントローズからの手紙を受けとる。父とは人種差別問題に対する考え方や人生観において齟齬があり、アティカスがアメリカ軍に志願して以来、絶縁状態にあった。もともとはふたりともSFやホラー小説をよく読み、それについて語りあう親子だったが、作品の解釈においても人種問題がらみの議論があって、お互いのあいだの溝が深まっていったという経緯がある。
父からの手紙には、亡き妻(アティカスにとっては母)ドーラの祖先についての情報が得られた、その一族が住んでいた土地へ行かなければならないとあった。その町の名はアーダムと記されている。
アティカスは父の後を追い、伯父のジョージ・ペリー、幼なじみのレティーシャ・ダンドリッジとともに、問題の町にある古いロッジへと向かう。彼らの道程は人種差別がはびこるエリアであり、旅のあいだも次から次へと危険が降りかかってくる。また、ロッジの創設者であるタイタス・ブレイスホワイト(十八世紀の人物)は、科学と迷信のあいだの領域に深い関心を持ち、思うぞんぶんに研究をおこなうため、こんな辺鄙な場所を選んだということが判明する。現在のロッジは、タイタスの子孫サミュエル・ブレスホワイトが継いでいる。
アティカス一行の到着と踵を接するように、ブレイスホワイトのロッジに秘密結社〈元始の曙光〉のメンバーが集まってくる。彼らは全員が差別主義者で、アティカスたちは四面楚歌の状態だ。しかし、結社の連中はある事情によって、アティカスには手出しができない。そして、戦慄の儀式がはじまる……。
アティカスは父モントローズの行方を突きとめられるか、また、母ドーラの家系にかかわる謎とはどのようなものか、そして〈元始の曙光〉の野望とは?
物語を貫く経糸のひとつはモントローズとアティカスの父子関係だが、それと平行するようにブレイスホワイトの現当主サミュエルとその息子ケイレブの物語が絡んでくる。家族や血縁にかかわる因果や執着というゴシック的色彩を背景に、怪異のスペクタクルが展開する。
つづく七つのエピソードは、どれもアティカスの家族や友人の黒人が視点人物となり、〈元始の曙光〉となんらかの関係がある事件と対峙していく。エピソードはそれぞれに独立しているが、人間関係や出来事の連鎖によってつながっている。大きな全体像がしだいに浮かびあがっていくところが、『ラヴクラフト・カントリー』を通して読む醍醐味だ。
(牧眞司)
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