潔さとユーモアで向き合う家族と介護の物語〜にしおかすみこ『ポンコツ一家』

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 20代の頃、人生の先輩方から「今はあんたたちも恋だのおしゃれだのの話ばかりしてるでしょうけど、私くらいの年齢になると健康だとか病気だとか老化だとか介護の話ばかりになるのよ〜」なんてことを時々言われたものだ。そんなおばさんになるわけないじゃん、と思っていたが……、やはりなってしまった。当時の私、期待を裏切ってごめんよ。

 もちろんそんな話ばかりしてるわけではない。だけど、自分も親も歳を重ねれば、確実にあちらこちら故障してくる。それとどう付き合っていくのかは、超重要課題なのである。経験や感情を知人と共有し合うことって大切だなあと身に染みて感じる今日この頃、ググッと心に刺さってきたのがこのエッセイだ。著者のにしおかすみこ氏は、SMの女王様の格好をして一世を風靡したあのお笑い芸人である。タレント本には興味ない……と思った人にもぜひ店頭で手にしていただきたい一冊だ。

 コロナ禍で仕事が枯渇し、家賃の安い部屋に引っ越しをせざるを得なくなった著者は、荷物を片付け終わったあと、1年ぶりに千葉の実家に行ってみようと考える。父は会社員時代からずっと酔っ払い、元看護師の母は糖尿病、姉はダウン症で老化が早い。みんなの様子も気になるし、母の作るご飯が食べたい。そんな軽い気持ちで実家のドアを開けるのだが、迎えてくれたのは濁った空気だけだ。部屋には食べ残しや残骸が溢れ、網戸には砂埃が詰まっている。その中に埋もれるように母が座っている。何が起こっているのかわからないままに、著者が部屋の換気と掃除を始めると、母は「頭かち割って死んでやるーー」と吠える。父はそれをなだめることもせず、傍観しているだけだ。

 高齢の親を持つ人なら、他人事とは思えない地獄絵図だ。一家の大黒柱だった母が認知症を発症したことにより、家はカオスに陥っている。著者は、新しい部屋の契約をやめ実家で暮らすことに決めるのだが、焦点がズレまくった家族の言動はコントロール不可能だ。喧嘩の時には、「ボケ」「バカ」「クソ」などの美しくない言葉と一緒にクッションまでもが飛び交う。仲裁に入れば自分も巻き込まれて、いつの間にか一番悪いことになっている。壮絶な状況を、著者は思わず吹き出してしまう絶妙なツッコミを入れつつ、テンポ良く描いていく。「なんとかしなきゃ」と思って実家に戻ったのだが、「どうにもならない」ということをすぐに認める。その潔さとユーモアには、悲壮感を軽減する確かな力がある。

 著者は自分も含めた全員を「ポンコツ」であるというが、酔っ払いの父はともかく、母も姉も元々はそうではなかった。誰だって年を取ればポンコツになるのだ。著者の愛情ある辛辣さと、ポンコツなりに互いを思い合っているそれぞれの言動に、何度も笑って、時々ちょっと泣きたくなった。

 一発屋女芸人。四十五歳。独身。私も職業以外は似たような身分で、著者と同じように「ポンコツ」だ。この後さらにネジの緩みがひどくなったらいったいどうなるのか。自分のことすらどうにもできない私に、誰かを支えることなんてできるのか。そんな不安を、このエッセイの中にある「全部はやらない。全部はできない」という言葉が、ちょっと軽くしてくれた。ポンコツ同士がなんとかやっていくためには、そういう気持ちがきっと大事なのだ。

(高頭佐和子)

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