日常の憂鬱案件、この名探偵が解決します(!?)

 おれの名は西崎徹、人呼んで憂鬱探偵だ。

 表題だけ見ると、『姑獲鳥の夏』の中禅寺秋彦とか『大いなる眠り』のフィリップ・マーロウあたりの、苦み走ったキャラクターを想像してしまう。だが、本書の主人公が憂鬱探偵のふたつ名を持つのは、本人がメランコリックな雰囲気をまとっているからではない。持ちこまれる案件が「憂鬱な出来事」だからだ。

 たとえば、「なかなか料理がこない」「スマホの充電がすぐなくなる」「服が他人とかぶる」「パスワードのリセットメールがぜんぜん届かない」などである。誰もが日常でぶつかる苛々の種にして、尻の持ちこみ先がない案件。そんなものばかりを、ニシザキ探偵事務所は引き寄せてしまう。

 どれも正式の依頼ではなく愚痴じみた相談なので、一銭にもならない。経費も持ち出しだ。それでも、西崎徹(三十歳独身、ちなみに事務所は自宅兼)は、なりゆきで捜査に取りかかってしまう。

 そう、西崎君は格好いいメランコリアなどではなく、浮かない顔をしたお人好しなのだ。

 ホームズにワトスンがいるように彼にも助手がいる。花倉若菜、どんな気まぐれか、この売れない探偵事務所にバイトとして押しかけてきた台風のような大学生だ。彼女が無邪気な善意で動きまわるせいで、憂鬱案件が次々に舞いこむようになったのである。ちなみに本業の探偵仕事は、行方不明になった猫の捜索が主だ。そんなことで糊口をしのいでいる。

 このシチュエーションが可笑しく、本書に収められた九つのエピソードで、案件の相談が舞いこみ、乗り気でない西崎とウズウズしている若菜の噛みあわないやりとりがあって、おかしな調査がはじまる……というコント的流れが反復される。

 そして彼らは、憂鬱案件それぞれに思いがけない因果があることを突きとめてしまう。「なかなか料理がこない」事態の背後にフードランナーなる存在があり、「スマホの充電がすぐなくなる」のは思考アシストという仕組みゆえで、「服が他人とかぶる」ことがツインジーズ・マッチなる大会につながり、「パスワードのリセットメールがぜんぜん届かない」元凶はリセットメールを人力で処理していたから――といった具合である。

 もちろん、ここで述べたのはあくまでアイデアであって、そこからネタをどう膨らませてオチをつけるかが、田丸流発想術の真骨頂だ。

 書評でオチは紹介できないが、本書の場合、おおよそマイルドなかたちで着地する(方向は斜めだが)。西崎と若菜の凸凹コンビが醸す雰囲気と合わせて、楽しく微笑ましい。

 それにしても田丸雅智、デビュー以来、大車輪の仕事ぶりで矢継ぎ早に著書を上梓している。本書と前後して、ショートショートの発想をビジネスや生活に活用する実用書『ビジネスと空想~空想からとんでもないアイデアを生みだす思考法~』(クロスメディア・パブリッシング)が出版された。

(牧眞司)

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