精霊がうごめく密林、ナチス由来の研究所

精霊がうごめく密林、ナチス由来の研究所

 第十回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作。選考会では最高点をつけた委員もいれば、SFとしての課題を指摘する委員もいたが、エンターテインメントとしての力についてはどの委員も肯定的な評価をくだした。確かにひとたびページを開けば、読者を先へ先へと牽引する作品である。

 物語がはじまるのは一九七三年。第二次世界大戦が終わってから二十八年が経過したが、人類を巻きこんだ狂気と暴虐はまだくすぶっていた。南米にはナチスの犯罪者が正体を偽ってのうのうと暮らし、日本の敗戦を受けいれられずに先鋭化した日系移民の一派〈カチグミ〉が潜伏している。そんな者どもの消息を追って、ブラジル西部の秘境マット・グロッソへ足を踏みいれた三人の男たちがいた。

 ナチスを憎むユダヤ人文化人類学者アラン・スナプスタイン、元自由フランス軍の軍医として世界を渡り歩いた医師ベン・バーネイズ、ジャーナリスト志望の軽はずみな日系青年ヒデキ・ジョアン・タテイシだ。彼らの旅は容易なものではない。

 命ぎりぎりの体験をくぐり抜けた三人の前に姿をあらわしたのは、人類学・薬学・分子生物学・優生学などを横断する研究所と、その周囲に形成された共同体で〈女王〉と呼ばれるタエ・キリノだった。

 研究所は世界各地から科学者が訪れ、文明社会の制約のない土地でしか許されないテーマをめぐる研究や情報交換をおこない、滞在期間を終えればまた帰国していく。研究所のはじまりには、オカルト科学を信じて人体実験を繰り返していたナチスの生物学者ヨシアス・マウラーの影がちらつく。ただし、マウラーがどうなったか(まだ生存しているか)はわからない。

 また、〈女王〉がなぜ崇められているか、実際にどのような権威を持つかについても、外から来た人間には理解しがたいところが多い。

 研究所と〈女王〉の謎をめぐる冒険と平行して、過去の記憶をなくし森のなかを彷徨う「わたし」による一人称の物語が語られる。そこに広がるのは悪霊や精霊が跋扈する世界観であり、「わたし」そのものが自分を人間とは異質な存在として認識し、距離感をもって人間たちと接していく。

 この「わたし」の運命が、本筋の物語とどのようにつながってくるか。そこに『ダイダロス』のSF的アイデアの核心がかかわり、大きな悲劇が生まれる。

(牧眞司)

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