事件の背後に隠された物語〜永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』

 2023年の話題をさらうであろう一冊が早くも刊行された。時代小説をよく読む方ではない私だが、夢中になってしまった。読んでいる最中も心を動かされるが、読後にもう一度向き合いたくなる。さらっと読み進めてしまった小さなエピソードの裏にあったもの、題名に込められていた深い意味、そして登場人物ひとりひとりの歩んできた道。全てが混ざり合って、心をもう一度熱くさせる。

 舞台は、江戸・木挽町である。辺りが暗くなった頃、芝居小屋・森田座の裏でおこなわれたある仇討の様子を、目撃者のひとりが語る場面から物語が始まる。振袖を身にまとい唐傘を差した若い娘に、悪い噂の絶えない博徒・作兵衛が近寄りちょっかいを出そうとする。娘が振袖を脱ぎ捨てると、なんと白装束の若衆が現れ、元家人であり父の仇である作兵衛を討ちにきた菊之助であると、堂々名乗りを上げる。人々が見守る中、少年は見事に父の仇を討つ。ひらりと脱ぎ捨てられる赤い振袖、屈強な大男に挑む華奢な美少年、真っ白な雪と装束を染める血飛沫、仇の首を抱えて夜の闇に消えていく凛々しい若衆……。やばい。残酷さと美しさの見事なコントラストにゾクゾクする。いきなりの見せ場に、脳内に妄想が溢れてきてしまうではないか。

 二年後、森田座にやってきた若い武士が、仇討ちを目撃した人や、菊之助をよく知る人を訪れて事件の話を聞こうとする。吉原に生まれた元幇間の木戸芸者、武士の子でありながら芝居の世界に入った殺陣師、衣装係を兼任する女形、小道具を作る木彫り職人とその妻、筋書になった旗本の次男坊……。彼らは、菊之助との関わりについて話しながら、ひょんなことから芝居に関わるようになった自分の人生を語る。誰一人として、まっすぐな道を歩んできた者はいない。悩み苦しみ、人に助けられ、ようやく芝居という居場所を得た苦労人たちである。そんな彼らが、仇討ちという過酷な試練を背負ってしまった少年に寄せる感情は、ひとつひとつが短編小説のように味わい深い。早くもスピンオフ小説を期待してしまう。

 まるで芝居の一場面のように見事なこの仇討ちの背後には、想像もしなかった別の物語が隠されているのだが、それはぜひ皆さん自身の目で確かめていただきたい。違う時代に生きる私たちにも、一つの生きる指針のようなものを見せてくれる小説である。

(高頭佐和子)

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