31歳女子、2棟目の大家になる。屋上農園や喫茶店付きで住民と地域がつながる賃貸「ロジハイツ」荒川区

大家女子の新たな挑戦 「関わりしろのある」賃貸住宅とは

2022年2月の記事、「24歳女子、大家になる。築40年超エレベーターなしマンションが人気物件になるまで 東京都荒川区」で「トダビューハイツ」を取材させていただいた戸田江美さん。
その際に「荒川区町屋に新たに賃貸住宅を建てます!」とお話を伺ったのだが、今年2月完成。入居が開始して半年経過し、「その後、どうだったのか」を伺うべく、新物件「ロジハイツ」へ。「まったく当初の予定通りにはいかなくて大変だった!」という戸田さんと、入居者や地域住民の方々にお話を伺った。

空き地のまま活用する想像建築プロジェクト。想定外な出来事が

そもそもこの「ロジハイツ」は、戸田さんの祖母が所有し、長く借地として貸し出していた土地が更地になって戻ってきたことを契機に、新たな活用法を考えるところから始まったプロジェクト。
すぐに建物を建てずに、空き地のまま残し、マルシェ、街歩き、トークイベントなどを開催。「想像建築プロジェクト」と名付けられたこの試みは、荒川区の土地にまったく地縁のない人でも、この場所に興味を持ってもらえる仕掛けとしてスタートした。

ロジハイツを建てる前の空き地で行われたマルシェイベント(画像提供/戸田さん)

ロジハイツを建てる前の空き地で行われたマルシェイベント(画像提供/戸田さん)

商店街をめぐる街歩きは人気イベント。戸田さん作成の『街歩きのしおり』を手に、「はっぴいもーる熊野前」と「おぐ銀座商店街」と、地元の人でにぎわう2つの商店街をめぐり、荒川区の暮らしをシミュレーション(画像提供/戸田さん)

商店街をめぐる街歩きは人気イベント。戸田さん作成の『街歩きのしおり』を手に、「はっぴいもーる熊野前」と「おぐ銀座商店街」と、地元の人でにぎわう2つの商店街をめぐり、荒川区の暮らしをシミュレーション(画像提供/戸田さん)

最終的には、小さな賃貸住宅ながら、屋上にシェア菜園、1階に喫茶店を設け、地元の人との接点となる”場”を用意することに。

扉からのぞいている鳥はハクセキレイ。物件近くの尾久の原公園で元気に走り回っている野鳥をモチーフに。どこかレトロで丸みのあるデザインで、新築だが昔ながらの住宅街になじむ、温かみのある住まいに (写真撮影/片山貴博)

扉からのぞいている鳥はハクセキレイ。物件近くの尾久の原公園で元気に走り回っている野鳥をモチーフに。どこかレトロで丸みのあるデザインで、新築だが昔ながらの住宅街になじむ、温かみのある住まいに (写真撮影/片山貴博)

「こんなことしながら、“面白い街、面白い物件”って興味を覚えた方々が、物件のスペック以外の、この独特さにひかれて引越してくれたら、すごく面白いな、って思ってたんです」(戸田さん)。1階の店舗物件を除けば、賃貸住戸は単身者向けの2住戸のみ。ロジハイツの”特別さ”を愛してくれる、たった2名の入居者がいればいい。そして、実際、街歩きなどのイベントを通して、まったく地縁のないけれども「ここに絶対住みたい」方が現れた。
ところが! 「家庭や仕事の事情で、この方たちが2人とも東京を離れることになったんです。その時点ですでに住み替えの繁忙期が終わっており、本当に焦りました。建築用木材の供給が需要に追いつかない“ウッドショック“の影響でコストが上がる、納期は遅れると、タイミングも悪かったですね。『(空き地でイベントなど開かず)さっさと賃貸住宅を建てていればよかったのに』と言われたこともありました」

大家の戸田江美さん。祖母の跡を過ぎ、大家業を継いだのは24歳の時。現在は結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/片山貴博)

大家の戸田江美さん。祖母の跡を過ぎ、大家業を継いだのは24歳の時。現在は結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/片山貴博)

「物件のビハインドに触れて決めた」――Sさんの場合

そんななか、どうにか2人の入居者が現れた。

一人は、転職をきっかけに実家を出て一人暮らしを始めようとした女性、Sさん。「いろんな物件サイトをみていても、どんな物件も金太郎飴みたいに同じに見えちゃうんです。ストーリーのあるもの、付加価値のあるもの、個性のあるもの、ネットの検索条件を入れても見つけられない部屋と出会えないかなと思ったんです。エリアは、23区内であれば、実家からの通勤に比べれば通勤時間が短縮されるだろうと、絞り込めないでいました。公園はもちろん、海や川など水辺が近くにあるといいな、図書館もほしいな。そんな漠然とした感じだったので、まずエリアを入れて、というネット検索ができないでいたんです」(Sさん)

そんな中、たまたま出会ったのが、戸田さんの「大家女子になる」というWebの連載記事。
「ああ、こんな想いで大家さんをされているんだ、新しい物件もすごく面白そうって思って、見学を予約して。そうしたら、戸田さんご本人が物件を案内してくださって、街歩きも一緒にしてくださったんですよね」
すると戸田さんが、「そういえば、Sさんは川は近くにありますか?ってすぐ聞かれましたよね。最初、川近くは嫌なのかと思ってましたよ」
「そうそう(笑)。なんだか、面白そうだなって思ったんです」(Sさん)

Sさんがロジハイツに決めた理由である、徒歩1分の位置にある尾久の原公園。広い原っぱは、地元住民の憩いの場(写真撮影/片山貴博)

Sさんがロジハイツに決めた理由である、徒歩1分の位置にある尾久の原公園。広い原っぱは、地元住民の憩いの場(写真撮影/片山貴博)

「物件よりも、どんな街に暮らすかを大切にしたい」――新社会人のY君の場合

一方、新卒で就職とともに上京した社会人1年目のY君。「大学で卒業制作しているうちに、部屋探しに完全に出遅れてしまったんですよ。でも、初めての東京暮らしは、どんな物件に暮らすというより、どんな街に住みたいかが大事という想いがあって。東京の下町っぽいところに憧れもあり、見つけたのがこの物件のサイトでした。手書き風のデザインや、その物件に至るストーリーに興味を覚えてたんです。東京に行く時間もなくて、オンライン上での内見でしたけど、当初イメージしていた”不動産会社で部屋探し”と全然違ってました(笑)」

Y君が興味をそそられたロジハイツのサイトのデザインは、デザイナーでもある戸田さんの手によるもの(画像提供/戸田さん)

Y君が興味をそそられたロジハイツのサイトのデザインは、デザイナーでもある戸田さんの手によるもの(画像提供/戸田さん)

2人ともエリア×予算のスペックでだけでは探しきれない、言語化しにくい価値観に魅了されて、この「ロジハイツ」に行きついたのだ。

さらに、ロジハイツのきょうだい物件(もともと戸田さんが祖母から大家を任された物件)である「トダビューハイツ」の入居者とも交えた食事会も開かれた。Sさんはロジハイツ屋上のシェア菜園も利用登録し、同じメンバーと顔見知りに。Y君はトダビューハイツ入居者で同業者の男性と知り合い、すっかり意気投合。地元の居酒屋や銭湯に連れて行ってもらうなど、住まいを拠点として、街に知り合いが増えている。

「トダビューハイツとロジハイツの入居者の希望する人だけでライングループをつくっているんです。とはいうものの、食事会といっても2カ月に1度ぐらいのものですよ。あとは個別に。程よい距離感も大切です」(戸田さん)

ロジハイツの住人さん歓迎会をきょうだい物件・トダビューハイツと合同開催。商店街のお店も紹介しながら。「その後、住人同士で交流もあるようでうれしいです」(戸田さん、写真提供も)

ロジハイツの住人さん歓迎会をきょうだい物件・トダビューハイツと合同開催。商店街のお店も紹介しながら。「その後、住人同士で交流もあるようでうれしいです」(戸田さん、写真提供も)

1階の喫茶店はゆるやかに人と街がつながる場に

入居者と地元民の憩いの場となっているのが1階の喫茶店「ふくか」。店主の竹前さんは、荒川区に生まれ育ち、戸田さんの大学時代の同級生。「下町の飲食店のオーナーって、とにかく人柄が大事。彼女なら、おじいちゃんおばあちゃんと仲良くできるだろうし、私の想いを共有してくれているのが心強いです」(戸田さん)

「早朝は近くの公園でラジオ体操をした帰り、ちょっと朝食を食べながらおしゃべりしたいね」という地元の人向けに平日は朝6時半から(土日は9時~)営業している。メニューも豊富だ。トースト、ピザ、サンドイッチ、カレー、焼きそば、パスタ、ケーキ類。開店から10時半まではモーニングがあり、お酒類もひと通りある。

「元気がなくなったら営業終了」という喫茶店「ふくか」。「だいたい17時ぐらいが目安でしょうか(笑)」(竹前さん)(写真撮影/片山貴博)

「元気がなくなったら営業終了」という喫茶店「ふくか」。「だいたい17時ぐらいが目安でしょうか(笑)」(竹前さん)(写真撮影/片山貴博)

スィーツ類も充実。緑茶付きクリームあんみつは750円(写真撮影/片山貴博)

スィーツ類も充実。緑茶付きクリームあんみつは750円(写真撮影/片山貴博)

「この辺りは、小さな子どもを連れて入れるお店が少ないということで、昼間は子連れのママさんたちが多いですね。夕方4時になったら必ず現れる常連さんもいます」(竹前さん)。
ちなみに、入居者は月2回の無料ドリンク付き。朝は少しのんびり出勤というY君は、ここでモーニングを食べてから出勤することも。Sさんもリモートワーク時はお昼ご飯にと活用していた。

竹前さんとお店を手伝っている竹前さんのお母さん、入居者の2人。「そうそう、引っ越し当初は、Y君のWi-Fi使わせてもらったよね」(Sさん)。「ボードゲームしませんでしたっけ」(Y君)、「そうそう、『はぁって言うゲーム』だよ」と戸田さん。「大家とテナントのオーナーと入居者たち」で連想される立場より、「もっと近い」。この温度感が微笑ましい(写真撮影/片山貴博)

竹前さんとお店を手伝っている竹前さんのお母さん、入居者の2人。「そうそう、引っ越し当初は、Y君のWi-Fi使わせてもらったよね」(Sさん)。「ボードゲームしませんでしたっけ」(Y君)、「そうそう、『はぁって言うゲーム』だよ」と戸田さん。「大家とテナントのオーナーと入居者たち」で連想される立場より、「もっと近い」。この温度感が微笑ましい(写真撮影/片山貴博)

屋上のシェア菜園に参加した地元民の理由とは?

屋上には小さなシェア菜園「ロジガーデン」があり、ここは地域住民にも開かれており、現在は満席。「三鷹の農家・冨澤ファームさんに、土の入れ方からタネの植え方、水の撒き方など、ビギナーにとっては知らないコツや知識をレクチャーしてもらっています」(戸田さん)

今回はプレ時期から利用登録している方おふたりにお話を伺った。

契約期間は半年ごと。「メンバー限定のチャットで冨澤ファームさんに相談にのってもらえるので、“すぐ植物を枯らしてしまう”という初心者も心強いです」(戸田さん)(写真撮影/片山貴博)

契約期間は半年ごと。「メンバー限定のチャットで冨澤ファームさんに相談にのってもらえるので、“すぐ植物を枯らしてしまう”という初心者も心強いです」(戸田さん)(写真撮影/片山貴博)

Hさんは、もともとこの場所は空き地だった時からイベント参加をしていたご近所さん。「街歩きやマルシェなどのイベントがとても楽しくて。だからこの場所に賃貸住宅ができると聞いて、形になって良かったと思う反面、ああ、暮らす人だけの場所になるんだと、寂しくなったのも本音でした。だけど、戸田さんが屋上に小さな菜園をつくる、それは私たちにも借りられる、と聞いて、すぐ手を上げました」(Hさん)
「Hさんの”借ります”っていう言葉はすごく心強かったです。正直、本当に借りてくれる人いるのかな、私の考え、合っているのかな、って不安でしたから。実はHさんはご自宅のお庭も菜園にしている経験者で、とても頼りにしています」(戸田さん)。

一方Dさんは荒川区に暮らして7年目というものの、多忙な会社員生活で、ほとんど荒川区の住まいは帰って寝るだけの場所。地元の付き合いはまったくなかったそう。
「ところがコロナ禍で生活が激変。在宅ワークとなり、否応なく、地元で過ごす時間が増えたんです。せっかくなら地元のお店をいろいろ開拓してみよう、新しいことに挑戦してみようと思ったんです」(Dさん)
そんな時、たまたま地元のウェブマガジンで、このロジハイツ1階の『喫茶ふくか』やシェア菜園の事を知り、挑戦してみることに。
「私はサボテンも枯らすような人間なんですけど、プロの先生もいて、気兼ねなくいろいろ聞けるので頼りにしています」

ご近所のHさん(左)、在宅ワークを機に地元生活を満喫し始めたDさん(右)。これまで接点のなかった者同士が一緒におしゃべりしながら作業して、1階の喫茶店でお茶して、と楽しい時間になっている(写真撮影/片山貴博)

ご近所のHさん(左)、在宅ワークを機に地元生活を満喫し始めたDさん(右)。これまで接点のなかった者同士が一緒におしゃべりしながら作業して、1階の喫茶店でお茶して、と楽しい時間になっている(写真撮影/片山貴博)

夏には収穫祭も。くびれていたり、巨大だったり。スーパーではお目にかかれない野菜に愛着もひとしお (写真提供/戸田さん)

夏には収穫祭も。くびれていたり、巨大だったり。スーパーではお目にかかれない野菜に愛着もひとしお (写真提供/戸田さん)

「正直、入居希望者が白紙になったときは本当にどうしようと思いましたが、空き地のイベントや物件完成に至るプロセスに価値を見つけてくれた2人が入居者になってくれたし、そのイベントを通してHさんも私を応援してくれた。Dさんもこうした取材で、生活が楽しく変わったとお聞きすると、ああ、私の選んだ道は間違えてなかったと思いますね」(戸田さん)

10月には収穫した野菜を使った料理やオススメの一品を持ち寄り、屋上で夕涼み会も (写真提供/戸田さん)

10月には収穫した野菜を使った料理やオススメの一品を持ち寄り、屋上で夕涼み会も (写真提供/戸田さん)

この荒川区に全く地縁のない人でも、住まいを通して、知り会いが増え、街に愛着を持てるようになる。そんな「関わりしろのある物件」で、自分が生まれ育った街を愛してくれる人を増やしたい――戸田さんが思い描いていた世界が始まっている。

戸田さん、竹前さん、入居者のY君、菜園メンバーのHさん夫妻、Dさん(写真撮影/片山貴博)

戸田さん、竹前さん、入居者のY君、菜園メンバーのHさん夫妻、Dさん(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
ロジハイツ

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