服や小物から謎を解く〜『クローゼットファイル 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介』

服や小物から謎を解く〜『クローゼットファイル 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介』

 主人公たちの名探偵ぶりは、服飾関係に特化したホームズ&ワトソンといった感じ。もしかしたら、ワトソン役であるヴィンテージショップの雇われ店長・水森小春は、本家以上に有能かも。本書の3話目「ルーティーンの痕跡」では、小春が主導で謎解きが進められたくらいだし。

 さて、ホームズ役はもちろん、タイトルにも名前のあがっている桐ヶ谷京介。アパレルブローカー、といってもピンとこない読者も多いと思うが(私もだ)、服飾職人や弱小工場と世界のブランドをつなぐ”のが仕事。しかしながら、彼が詳しいのは服についてだけではない。骨格や歩き方などから、その人物の健康状態などまで的確に言い当てることができてしまうのだ。とはいえ、桐ヶ谷も小春も同じ高円寺南商店街界隈で働く一般人。そのふたりがなぜ警察の捜査に深く関わっているかは、前作『ヴィンテージガール』(講談社)に詳しい。

 ふたりの推理力や観察力を高く評価しているのは、杉並警察署の南雲隆史警部。本書は、南雲が所属する未解決事件専従捜査対策室から持ち込まれた6つの謎を描いた連作短編集である。『ヴィンテージガール』は長編でひとつの事件をじっくり追っていくスタイルだったけれど、短編好きの自分としては小気味よくさまざまなケースを解決していくところが本作の魅力だと思う。熱烈な希望が叶って南雲の部署に異動してきた八木橋充というフレッシュなイケメン巡査部長も加わり、被害者が身につけていた服や小物から真相に迫っていく。私自身は服装に無頓着な方なのだが、だからこそ登場するファッション用語などが楽しい。

 ぱっと見ただけでは洋服と関係なさそうな謎においても、被害者が着用していたものには多くの手がかりが残されているのだった。何年も解かれることのなかった謎であっても、一目見ただけの桐ヶ谷たちによって一気に事態が進展する様子にぞくぞくする。特に印象的だった一編は、「攻撃のSOS」。ある日出かけた先で女子中学生のグループに遭遇した彼は、その中のひとりに目が釘付けになる。常に周囲を気にしているその少女には、桐ヶ谷の目から見て日常的な暴力を受けている様子がうかがえたからだ。友人たちと別れた少女を追って、せめて自宅を突き止めようとした彼の前に立ちはだかったのは…。

 怪しまれる危険を冒してまで桐ヶ谷が少女の跡をつけた理由は、服のシワや姿勢などから虐待を受けていたと判断できる子どもたちを救えなかった過去があるから。「暴力の痕跡を目の当たりにしながらも次に打つ手が見つからず、各所への通報も無駄に終わった」という経験は、悔やんでも悔やみきれない記憶となっている。骨身を惜しまず警察に協力するのは、「日本の法の隙間で苦しんでいる子どもを見つけ次第、行動に移せるコネがほしい」という思いによって突き動かされているためだ。果たして彼の気持ちは、思いも寄らない計画を立てていた少女に届くのか。

 傷ついた人々の心に寄り添う桐ヶ谷は、たいへんに涙もろくもある。超人的な推理を披露する彼が随所でみせる人間味が、本書に温かみや親しみやすさを与えているといえよう。それは、繊細で優美な外見からは想像できないくらい荒っぽくて人気のゲーム実況配信者という顔も持つ小春や、やり手で切れ者の刑事でありながら親知らずを抜くのを怖がったりいっこうにやせられなかったりする南雲たちも同様。次の事件でも、ぜひ見事なチームワークを発揮してほしい。

(松井ゆかり)

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