霧の都に跋扈する邪神、それに挑む名コンビ
1880年のロンドンで、おぞましい事件が発生する。異様にやせ衰えた状態の死体がこれまでに四体。どの死者も絶望的な恐怖の表情を浮かべていた。私立探偵シャーロック・ホームズと、彼と知りあいになったばかりのジョン・ワトスンは、妙なかたちでこの事件にかかわりになってしまう。
推理小説の人気古典《シャーロック・ホームズ》と、こんにちなお増殖しつづけるホラーのミーム《クトゥルー神話》とのマッシュアップだ。語り手はオリジナルの《ホームズ》と同様、ワトスンである。
この作品においてワトスンは傍観者ではない。彼はホームズと出会う前、アフガニスタンで従軍していたときに、邪神絡みの事件に巻きこまれていたのだ。その秘められた過去もしだいにプロットに絡んでくる。そしてホームズもきわめて危機的な状況において、邪神の存在を目の当たりにすることになる。
猥雑でアヘンの匂いが漂うロンドンの風情と、《クトゥルー神話》の深遠にして少しチープな感触。読んでみると、なんとも良い取り合わせである。
物語の内容以上に、作品構成がシャレている。ワトスンは自分たちの異常な体験を書き綴ったが、それを公開するつもりはなく、原稿の束をアメリカのパルプ作家H・P・ラヴクラフトへと送った。ラヴクラフト家で死蔵されていたその原稿が、現代になってようやく日の目をみた――というふれこみだ。
また、この原稿のなかでワトスンは、自分が『緋色の研究』をはじめホームズの冒険として公刊した一連の記録は、真実を隠蔽するための「つくり話」だと明言する。ホームズ・シリーズの愛読者としては「おいおい!」と突っこむところだ。そうしたところ含めて、なかなか楽しい。
ホームズの最大のライヴァルであるモーリアティ教授、ホームズの実兄にして正反対の性格の持ち主マイクロフトなど、おなじみの名脇役も活躍する。
(牧眞司)
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