わずか6畳のプレハブ書店。本屋が消えた町に住民らが「六畳書房」を立ち上げた理由 北海道浦河町

本屋の消えた町で住民たちが立ち上がった!わずか6畳のプレハブ書店「六畳書房」誕生の裏側 北海道浦河町

海からのんびり歩くこと3分、木々に囲まれた中にあるプレハブ小屋が見えてきた。人口約1万2000人の町唯一の書店「六畳書房」だ。本屋のなくなった町で、2014年に初代店主と住民ら有志が立ち上がりスタートした。現在の店主は武藤あかり(むとう・あかり)さん、書店勤務の経験はない。なぜ、この地に、いったいどのような経緯でこの店ができたのか、北海道の浦河町を訪ねた。

「浦河町」っていったいどんなところ? 夏は涼しく冬は温暖な地域

札幌から車で約3時間、太平洋に面した浦河町。夏は涼しく冬は温暖で雪が少ない。大きな娯楽施設や商業施設はなく、道を歩いていると、「こんにちは」と声をかけてくれるのどかな町だ。

競走馬の生産地としてよく知られ、町の中心部から車を10分ほど走らせると、牧草地が広がり馬ののんびり歩く姿を見ることができる。町内にはJRA(日本中央競馬会)の日高育成牧場をはじめ約200の牧場があり、道路には「馬横断注意」という看板が掲げられているほど馬が多く自然豊かな場所だ。

牧場が広がる浦河町。乗馬体験も人気だ(写真撮影/岡みなこ)

牧場が広がる浦河町。乗馬体験も人気だ(写真撮影/岡みなこ)

「馬横断注意」の看板。道路のいたるところで見ることができる(写真撮影/岡みなこ)

「馬横断注意」の看板。道路のいたるところで見ることができる(写真撮影/岡みなこ)

そんな浦河町に「六畳書房」ができたのは、2014年のこと。地元の書店やチェーン書店が次々と撤退し「本屋のない町」になっていた。

「町に本屋が欲しい」──。住民たちの切実な思いに、地域おこし協力隊で札幌から浦河町に来ていた武藤拓也(むとう・たくや)さんが立ち上がった。ある日、拓也さんらは、ユニークなフェアを次々生み出してきた札幌の「くすみ書房」が行ったクラウドファンディングで、店主の久住邦晴(くすみ・くにはる)さんを講演に呼べるというリターンを見つけ講演会を開いた。久住さんからのアドバイスを得て、一口5000円の寄付を100人近くから集め、古民家の六畳間に小さな書店を完成させた。開店は週1回、皆の力で開いた書店だからと、拓也さんは自分自身のことを店長ではなく、店番と呼んだ。

だが、開店からわずか3年後に拓也さんの仕事が忙しくなったことや資金面など、さまざまな理由が重なり閉店してしまった。また町から本屋がなくなってしまう──。浦河町に移住してきた夫妻が中継ぎとして運営を引き受け、自宅の居間で営業を再開した。

自分と対話を続け、3代目店主に手を挙げた

あくまで中継ぎ、“長く続けられる人を”と3代目を探していたところに、手を挙げたのが現在店長を務めるあかりさんだった。浦河出身のあかりさんは、「ここから出たい」と札幌の高専へ進学したが、結婚を機に浦河町へUターンをして地元で子育てを始めた。

子どもが1歳になるころに育休から復帰したものの、勤務先はホテルでシフト制。子どもの急な発熱などで、穴を開けてしまうこともあり、両立の難しさをひしひしと感じていた。忙しい日々の中でふと、「あれ、私のやりたいことってなんだった……?」と思いを巡らせた。

20代、映像作品の制作にのめりこんでいたころの気持ちを思い出したあかりさん。浦河町に戻ってきてからも細々と制作は続けていたが、それまでのような制作方法に限界を感じていた。「30代を子どもと一緒に浦河でどう過ごそうか」と悩みに悩んだ末、「つくり手ではなく表現物を紹介する側でもいいのでは」とこれから進む道筋を見つけた。

以前から「六畳書房」が3代目店主を募集していたことを知っていたため、「私がやりたいんですが……」と手を挙げた。

木々に囲まれた中にある「六畳書房」。町の中心部からも近い(写真撮影/岡みなこ)

木々に囲まれた中にある「六畳書房」。町の中心部からも近い(写真撮影/岡みなこ)

「本当にやるの? やりたいの?」初代として「六畳書房」を立ち上げた夫は驚いたようにこう言ったが、あかりさんの決意は固かった。

2020年11月に引き継ぎスタートしたものの…襲ったコロナ禍

2020年11月に引き継ぎ、当初は出張本屋としての運営を考えていたが、コロナ禍にぶつかりイベント販売もままならない状況になってしまった。出張型は諦め、自宅近くの場所に、あかりさんの祖父の使っていたプレハブを移設した。店を構え、2021年7月に3代目店主あかりさんの「六畳書房」がついに開店した。偶然にも譲り受けたプレハブは“6畳”の広さだった。

店内の様子(写真提供/六畳書房)

店内の様子(写真提供/六畳書房)

店内に入るとすぐ目につくのが新刊やおすすめの書籍が並ぶ棚だ。取材した日は浦河町出身で『少年と犬』で2020年に直木賞を受賞した馳星周(はせ・せいしゅう)さんの新著『黄金旅程』が山積みされていた。同作は、直木賞受賞後の第一作で浦河町を舞台にしている。

絵本など児童書は子どもの手の取りやすいところに並べられ、子どもが座って読めるように、座卓を使ったちょっとした小上がりも用意されている。

座卓に座って本を選んだり、読んだりすることもできる(写真撮影/岡みなこ)

座卓に座って本を選んだり、読んだりすることもできる(写真撮影/岡みなこ)

浦河町出身の直木賞作家・馳星周さんのサイン(写真撮影/岡みなこ)

浦河町出身の直木賞作家・馳星周さんのサイン(写真撮影/岡みなこ)

営業は週3回程度 表現力豊かなポップがお出迎え

表紙の色や雰囲気なども見つつ、本の位置を考え、陳列していくあかりさん。「立ち読み歓迎。どうぞごゆっくり本をお選びください」と書かれた貼り紙や、「今読みたいロシア・戦争の関連本」「店長推しマンガ」「ナンセンス絵本の神と言われる長新太さんの絵本」「『カニ ツンツン』なんか笑っちゃってうまく読めない!(笑)」など本の紹介や思わず本を開いてみたくなる感想が書かれた手書きのポップが随所に貼られ、それらを読むだけでも楽しい気持ちになる。

月50冊の新刊が入ってくる「六畳書房」。本の陳列を見直すあかりさん(写真撮影/岡みなこ)

月50冊の新刊が入ってくる「六畳書房」。本の陳列を見直すあかりさん(写真撮影/岡みなこ)

「立ち読み歓迎」の貼り紙、あかりさんの温かさを感じられる(写真撮影/岡みなこ)

「立ち読み歓迎」の貼り紙、あかりさんの温かさを感じられる(写真撮影/岡みなこ)

営業は月によって変わるが、主に水~土の間で週3日程度。事前にTwitterやInstagramなどSNSで営業日を告知している。Instagramには、その時のおすすめや新しく入荷した本などをあかりさんの感想などコメントを添えて投稿している。

例えば、『本のフルコース 選書はひとを映す鏡』(著・佐藤優子)の紹介では、「旅先に持っていきたい1冊」と端的だけど心くすぐる一言が記されていた。「六畳書房」に行ってみようかな、本を手に取ってみようかなと思うような仕掛けが凝らされ、「SNSを見て来た」というお客さんも増えているそうだ。

猫やカモメのお客さんも来店! 1時間近くかけて来店する人もいる

来店客は、1人も来ない日もあれば、5組~10組どっと来店する日もあるそう。猫やカモメのお客さんがひょっこり現れることもある。客層も幅広く、老若男女問わずさまざまなお客さんが来店する。書店のない近隣の町から車で1時間近くかけて来る人もいるそうだ。ネットが使えず読みたい本を購入できない高齢者からの注文も受けており、数は少ないながらも住民のインフラ的な存在にもなっている。

「六畳書房」から見える浦河の港。潮の香りが漂ってくる(写真撮影/岡みなこ)

「六畳書房」から見える浦河の港。潮の香りが漂ってくる(写真撮影/岡みなこ)

店に並ぶ本は、新刊8割、古本が2割ほどで、新刊入荷は月50冊程度。選書はあかりさんがいいと思うものや、常連さんの好みに合いそうな本、話題の本、お客さんにおすすめを教えてもらったりして仕入れている。

一般的な書店にある返品制度が六畳書房ではさまざまな理由から使えず、買い切りになっているため、売れ残りにならないよう慎重な選書をしているそうだ。「本当はマンガなどももっと入れたい」と言うが、返品できないというリスクもあり、大々的な販売には踏み切れていない。

一番の売れ筋は意外にも「絵本」だという。自分の子ども用だけでなく、出産などお祝い向けに買って行く人が多い。手に取って、本を開き、プレゼントする人のことを思い浮かべながら選ぶことができる。リアル書店ならではのよさだ。

本を選ぶことは旅行と一緒 予想外の出会いがうれしい

絵本に限らず、自分が興味なかった分野の本でも、書店で平積みされているのを見たり、表紙を見たり、手に取ってみたりして買って読んでみると意外にも面白くのめりこんでしまうことがある。「六畳書房」ではその寄り道の楽しさや偶然の出会いなどリアル書店ならではの醍醐味を味わうことができるのだ。

あかりさん自身も“予定調和でない出会い”はとても大切にしており、お店の運営においても重視しているという。

「予定していないものに出会うことを大切にしています。例えば旅行に行って、予定通りに動こうとしても、そのとおりにいかないことのほうが多いですよね。でも、帰ってきてから記憶に残っているのは想定外のことだったりしますよね。

本棚を眺めていて全然知らなかった本を手に取ってみることも旅行と同じです。アマゾンやネットフリックスはネット上でなんでも見られるように思えますが、その人に最適化されたものが次々と表示されているだけで偶然の出会いは起こりにくい」(あかりさん)

浦河の街並みを一望できるルピナスの丘(写真撮影/岡みなこ)

浦河の街並みを一望できるルピナスの丘(写真撮影/岡みなこ)

何かが起きる場所としての「六畳書房」

だからこそ、浦河町で本屋を開く意味があるという。「田舎は都会と比べると知らない人に出会う機会も、知らない物に出会うことも少ない。手に取れるカルチャーや訪れることのできる文化施設が少ないのが都会との違いです。ここの書店を何かが起こる場所にしたかった」(あかりさん)

あかりさん自身も「六畳書房」を始めてからいくつもの偶然の出会いがあった。訪ねてきたお客さんの中には地元は近いが六畳書房で初めて出会い、話してみると札幌時代に近所に住んでいたことや趣味が似ていることがわかり、泊まりがけで遊ぶ仲になった同い年の人もいる。この「場」がなかったら起こりえなかったことだ。

長く続けるために「商売としてきちんと続けるつもりでやらないと、続かない」と言い、利益を出すことを目指している。しかし、現在はまだまだ利益が出ているとはいえない。そのため、本屋の営業以外にも本や映画やローカル情報の話をする有料の動画配信も始めた。また、今は週3回程度の営業だが、子どもの成長に合わせて今後少しずつ日数を増やすことも視野に入れているという。

「ここに住んでいる人たちが町に愛着を持てる存在になれたらいいなと思っている」というあかりさんの言葉が強く印象に残った。

人と人、物と人が偶然出会う場は、ネット通販が主流になったこの時代でも必要なものであるということを「六畳書房」を通して改めて実感した。町の本屋さんという場を通して、人と人とが出会い、そこで交流を深めることで町にも活気が湧いてくる。これまでだったら家で過ごしていた時間を本屋に行く時間に充て、町を歩き、行く途中や店でさまざまな人との出会いも生まれる。さらに、歴代の店主や住民の想いが詰まった「六畳書房」が浦河にあることで町に愛着を感じ、ここに住んだり訪れたりする理由になるかもしれない。六畳と小さくても町にとって貴重な存在であることは確かである。

●取材協力
・「六畳書房」(Twitter/@rokujoshobo、Instagram/@rokujoshobo)

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