技術的リアリティとミステリとしての抑揚
実際のアポロ計画は17号で打ち切られたが、もともとは20号まで予定されていた。本書は、アポロ18号が月へと向かった「もうひとつの宇宙開発史」を題材としている。
18号の発射は1973年4月。月探査と言えば夢があるが、もちろん政治的力学が複雑に絡んでいる。ソ連との威信をかけた競争、軍事的判断、アメリカ国内の事情。国民のあいだで月飛行の熱狂はとうに醒め、アポロ計画はけっして順風ではない。
18号の隠された目的は、次のふたつだ。
(1)ソ連の偵察衛星アルマースの撮影(可能ならば無力化)。
(2)そののち月面に着陸し、ソ連の無人月面探査車ルノホートを対象とした軍事行動を実施。
しかし、計画は初手から波瀾含みだ。打ちあげ直前にヘリコプター事故で、18号の船長が死亡してしまう。急遽、バックアップクルーだったチャド・ミラーが船長に繰りあがり、乗員三名によるミッションがはじまる。もちろん、ソ連もアメリカの動きを察知しており、いくつかの対抗策を講じつつあった。
両国の表裏にわたる駆け引きが、18号計画の進行に応じて刻一刻と局面を変えながら繰りひろげられる。著者ハドフィールドは本人が宇宙飛行士経験者であり(カナダ人としてはじめて国際宇宙ステーション船長を務めた)、技術的ディテールがじつに肌理細かい。その部分のリアリティに支えられ、何段階かに仕掛けられたサスペンスがぐっと盛りあがる。
絶妙なのは、アメリカとソ連はお互いを出しぬこう(場合によっては非情な手段にうったえてさえ)と考えているのだが、場面場面では協力や妥協を余儀なくされるところだ。表向きは握手しながら、もう一方の手にはしっかりナイフを隠し持っているような状態がつづく。
もうひとつの注目点は、宇宙飛行士たちが別個の行動原理を抱えていることだ。それぞれの人生に背景があり、かならずしも国への忠誠心や、ミッション成功が一義ではない。このあたりがミステリならではの抑揚につながってくる。
(牧眞司)
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