各国の専門家がデザインした「防災都市」とは? 世界で相次ぐ気象災害と共生めざす
日本全国で地震や風水害、土砂崩れなど自然災害が頻発していますが、今後は世界中で災害が増加、激化すると予測されています。では、私たちの暮らす「場所」はどのように変わるべきなのでしょうか。 2022年4月に東京・日本橋で開催された「リジェネラティブ・アーバニズムー災害から生まれる都市の物語」展の統括プロデューサー・阿部仁史さんと次世代の都市や暮らし、ライフスタイルのあり方について考えてみました。
「災害」ではなく「自然現象」と人間が協調しながら生きていく「都市」
東日本大震災から11年が経過した今年4月、東京・日本橋で展覧会「リジェネラティブ・アーバニズム展ー災害から生まれる都市の物語」が開催されました。環太平洋大学協会[APRU]に属する11大学が参加する国際共同プロジェクト「ArcDR3」で、災害にしなやかに対応する社会に向け、都市がどうあるべきかを各大学が研究し、その最新成果が発表された形です。とはいえ、「リジェネラティブ・アーバニズム」といわれてもピンと来るひとは少ないはず。まず、阿部仁史さんにこの考え方について伺いました。
「リジェネラティブ・アーバニズム展ー災害から生まれる都市の物語」の展示風景(写真提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)
「ひとことでいうなら、『自然と共生していく都市のつくり方』でしょうか。防災の専門家に教えてもらったのですが、そもそも『自然災害』という言葉が適切ではないのです。地震や水害、森林火災は本来自然に発生している単なる『自然現象』です。ただ、人間の暮らす領域が広がり、自然現象と人の行為が交わるとき、自然のサイクルが強く人間のシステムが壊れれば『災害』となり、一方で人間のシステムが大きく自然のサイクルが傷つけられると『環境破壊』になるわけです。では、なるべくあつれきが起きないような方法が見つかればいいのではないか。やわらかく、人間と自然がお互いに協調し、調整しあうような都市デザインができないか、というのがこのプロジェクトの趣旨であり、本展のタイトルとした背景もそこにあります」と話します。
今まで、都市や住まいは自然災害から「人命や財産を守る」ことが至上とされ、自然災害で被災すると「もと通りに戻す」ことが求められてきました。「リジェネラティブ・アーバニズム」は、それとはまったく考え方を変え、災害を「起きるもの」「共生するもの」と捉えて設計できないかを考えているのです。
また、展覧会名を「アーバニズム」としているのは、「アーバン」、つまり都市部だけでなく、郊外や農村など自然に近い領域、そもそも人間の生活のあり方、ライフスタイル、社会制度にもふれてるからです。広く、大きく「人が営む場所と自然とのあり方」をテーマにしていると捉えるとイメージがつかみやすいかもしれません。
ではなぜ、今、「災害と都市」なのでしょうか。
「いくつか理由はありますが、1つは地球全体で災害が頻発しているということ。気象が変動して今までの状況とは異なってきているという点があります。2つ目はやはり人口が増えて、人間が住まう領域が拡大し、本来住んでいなかったところに住むようになっている。つまり、自然との距離感が保てないところまできている点があります。3つ目はテクノロジーの発達によって、地球上で起きている災害の情報が伝わるようになり、自分の身近に感じられるようになっている点があると思います。やはり環境問題と災害というのは表裏一体の関係にありますから、SDGsも含む環境を考える動きともあいまって、関心が高まっているのだと思います」(阿部さん)
一部の予測によれば、2050年には人類は97億人になり、うち2/3にあたる60億人が都市に住むといわれています(※1)。人口の増加と都市、人間のあり方は、「今」考えておかないといけない、喫緊の課題なのですね。
「森林火災が起きても延焼しない」「洪水時に都市が漂流する」ユニークな都市ばかり
この展覧会では、水成、群島、時制、火成、共生、遊牧、対話という、架空の7つの都市の物語が展示されました。都市の構想を練ったのは、東北大学や東京大学(日本)、UCLAとカリフォルニア大学バークレー校(米国)、メルボルン大学(豪州)、国立成功大学(台湾)など、各国を代表する11大学です。7つの都市は架空、想像の都市ということもあり、どれもとてもユニークですが、阿部さんに印象に残った都市の例を紹介してもらいました。
(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)
(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)
「アメリカやオーストラリアでもっとも身近な災害が山火事です。落雷などで山火事が頻繁に発生するのですが、火事が起きることで、生態系が維持されるようにもなっています。こうした森林火災が起きることを想定した『火成都市』では、森林と人間の居住エリアのあいだにバッファとなる緩衝地帯をもうけ、人間が下草などを管理することで、ゆるやかな防火機能をもった農村田園地帯をデザインしています。つまり火災は起きるけれども、被害は減らせるという発想です(エディティッド・エッジ(原生調整帯と都市調整帯))」
なるほど、人と自然のまじわるエリア、ゾーンがグラデーションになっています。ほかにも、洪水発生時には水がいったん都市部の遊水池や公園のような場所に流れ込み、一時的にヴェネチアのような景観を形成する都市(フィルタリング・ランドスケープ)や、みつばちとの共生を考えた都市(ミツバチ・コモンズ)なども提案されました。
「エディティッド・エッジ(原生調整帯と都市調整帯)」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)
「フィルタリング・ランドスケープ」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)
「ミツバチ・コモンズ」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)
「都市機能は一定であることが前提とされていますが、四季が移ろうように、都市機能そのものが変化する景観としてあってもよいわけです。たとえば洪水であふれた水が都市に入ってくることを、人間の方が受け止められる都市機能にする。それによって発生する変化を楽しむという発想もあっていいと思うのです」
なるほど、平時と非常時の二重の都市計画ラインとでもいう感じでしょうか。
「東日本大震災でも、『此処(ここ)より下に家を建てるな』という石碑が歴史的に受け継がれていたことが話題になりました。あれは、住む場所と働く場所をわけ、海抜60mの地点より上に家を建てることで集落を守るという知恵だったわけです。平時と非常時、二重の海岸線が機能した例です。そもそも今回の展覧会は2015年、宮城県仙台市で開催された「国連防災世界会議」が開催されたプラットフォーム『ArcDR3(Architecture and Urban Design for Disaster Risk Reduction and Resilience)イニシアチブ』がもとになっています。未曾有の被害となった東日本大震災を教訓として世界で共有し、今後の都市の希望に変えられないかという試みでもあります」(阿部さん)
災害の多い国で暮らしているためか、私たちは、「ああ、また災害だ」で終わってしまいがちです。「災害を悲劇で終わらせない」、これこそが「リジェネラティブ・アーバニズム」のスタート地点なのだとすると、とても有意義な試みであることは間違いありません。
よりよい都市像と住まい方へ。世界をよりよく変えていく
今回の都市の物語は、あくまで「提案」「想像」とありますが、実装することは可能なのでしょうか。
「シンガポールでは、行政が主導して、環境問題を施策として推進しています。国家の成り立ちからして、災害や上下水道整備、環境問題に取り組むことが死活問題なのです。そういった先進的な取り組み、実証実験を行いながら、環境や防災都市計画そのものをビジネスモデルとして国外に売り込むことも考えています」(阿部さん)といい、単なる提案で終わらせない他国の取り組みに可能性を感じます。
「今まで日本社会は、高度経済成長を通し、都市や人工物は『壊れない』ことを前提に堅牢堅固な建物を作ることに腐心してきました。実際には竣工して終わりではなく、短・中・長期でメンテナンスをして適切に入れ替えていかなければ、建物は維持できません。建造物が美しいのは当然として、大きな自然の一部として、新陳代謝をし入れ替わっていく、ゆらぎがあり、壊れるものであると捉えなおすことで、新しい枠組みや都市像が見えてくるのだと思います」(阿部さん)
阿部仁史さん(写真提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会 Photo by Kentaro Yamada)
日本は高度経済成長期に急激な都市化が進みましたが、そのときに建設された建造物が今、まさにうつろいのさなかにいます。これを単なるスクラップ&ビルドで高層化し新しく塗り替えるべきなのか考えさせられます。筆者と同じように考える人は「リジェネラティブ・アーバニズム」展を見学した人にも多いようで、見学後のアンケートには、
「都市化、都市への一極集中化が良いことのようにされているけれど、そもそもの議論が必要だと思う」
「まだ世界にはリスクがいっぱいで、最低限にも満たない暮らしを強いられる人がいることに気づかされた」
「総合的に、グローバルな観点から考察する必要がある」
などのコメントが寄せられていました。
都市というとアスファルト舗装された土地、立ち並ぶ高層ビル、添えられた緑を思い浮かべていましたが、それは20世紀モデルであり完成形ではありません。よりしなやかで強靭、変貌と変化があり、自然現象と共生する都市デザインである「リジェネラティブ・アーバニズム」の新しい試みと価値観に期待が止まりません。
豪雨や洪水によって市街地の浸水リスクが高まると、都市のモビリティと景観が一気に災害モードに切り替わる「フルーイッド・シティスケープ」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)
造成時に掘り出した土砂を盛土して、池や島など、凹凸した起伏ある景観を人工的に作り出す「アイランド・ディストリクト」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)
急激な海面上昇による潮位の変化や洪水に柔軟に対応する、モジュール型の「親水性(しんすいせい)居住ユニット」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)
津波や高潮の危険性を抱え、先人たちによってその危険性や身を守る術などが伝えられてきた沿岸部。そこを住民や観光客を引き込む水辺の公共空間として再整備することで、地域の防災意識を高めている「メモリアル・ランドスケープ」(画像提供/ArcDR3展覧会制作実行委員会)
●取材協力
ArcDR3展覧会製作実行委員会
※1 国際連合広報センター
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