アウェイ感のなかで殺人事件捜査に乗りだす”弊機”

アウェイ感のなかで殺人事件捜査に乗りだす”弊機”

《マーダーボット・ダイアリー》シリーズの邦訳第三弾。ノヴェラ「逃亡テレメトリー」と、短篇「義務」、同じく「ホーム――それは居住施設、有効範囲、生態的地位、あるいは陣地」を併録している。

 主人公の”弊機”は、SF読者のあいだですっかり人気者になった。沈着冷静にして強力な戦闘能力をひめた人型警備ユニットで、言動にはたくまぬ皮肉が滲み、趣味は連続ドラマ視聴という、なんとも絶妙なキャラクター造形。そのうえ、かつて暴走して大量殺人を犯した過去まで背負っている。しかし、その記憶は消去されており、弊機自身は実感がない。

 さて、「逃亡テレメトリー」では、弊機が身を寄せているプリザベーション連合のステーションで殺人が起こる。連合の指導者メンサー博士に依頼され、事件解明に乗りだす弊機。事件の被害者はステーション居住者ではなく、渡航者らしい。その身元を特定し、渡航目的を明らかにすることが、捜査の第一歩だと弊機は考える。もしかすると、この事件はメンサー博士をつけねらう悪徳企業グレイクリス社がかかわっているのではないか?

 やりにくいことに、ステーションの警備局は弊機を胡散臭い目で見ており、なにかにつけて邪魔者扱いをする。アウェイ感のなかでの孤独な捜査。この展開は、探偵ドラマのひとつの王道だ。

 そして、意外な犯人と殺人の原因が判明したとき、謎解きのサプライズだけではなく、弊機の消された記憶とも響きあうアイロニーが立ちあがる。そこが、この物語の妙味だ。

「義務」は《マーダーボット・ダイアリー》シリーズ全体の前日譚にあたる。監視資本主義体制のもとで使役されていた時代のエピソードだ。「人間を殺すのは[連続ドラマ]の次のシリーズを観終わってからにしよう」などという剣呑な独白が、冒頭にあらわれる。

「ホーム――それは居住施設、有効範囲、生態的地位、あるいは陣地」は、弊機がメンサー博士ともどもプリザベーション・ステーションへ到着したときの出来事を描く。人間でもなく機械でもない弊機のような存在は、ひとびとには理解しがたく、さまざまな反発と疑念を招く。それはどこまで根深く、「逃亡テレメトリー」のときまで引きずってしまうわけだ。

(牧眞司)

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