予想もしない展開の『ブルックリンの死』にびっくり!

予想もしない展開の『ブルックリンの死』にびっくり!

 看板に偽りあり、とはこのことではないのか。

 アリッサ・コール『ブルックリンの死』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読み終えて、呆然としながらそう思ったのであった。いや、おもしろかった。びっくりさせられて、なるほどこういう話なのか、と感心しながらページを閉じたのである。これは驚くだろう。裏表紙のあらすじを読んでも絶対に想像できない結末だからだ。想像できたとしたら、その人は相当にひねくれた思考回路の持ち主である。

 舞台となるのはニューヨーク市のブルックリンである。マンハッタンの東岸に接し、ロングアイランド島の先端にあたる地区だ。その一画であるギフォード・プレイスで主人公のシドニー・グリーンは生まれ育った。シドニーには最近鬱屈の種になっていることがある。ギフォード・プレイスには彼女のような黒人を含む共同体が成立していたが、その住民が次々に入れ替わっているようなのだ。新住民たちは、シドニーたちの存在を無視して、昔からそこが白人の住区であったかのように歴史を捏造したいらしい。不動産業者の地上げ行為は日に日に悪質さを増し、シドニーの不安も増大していく。

 もう一人の視点人物はセオ、白人の青年である。彼はキンバリー(キム)という女性とギフォード・プレイスに引っ越してきて同棲している。とある理由で働いていないセオは、時間の合間に古株の住民であるシドニーと知り合い、彼女が手がけている地域の歴史探訪ツアー・プロジェクトを手伝うようになった。しかしキムはセオと正反対で、古株住民たちに敵意を剥き出しにする。それは病的なほどに激しく、古株の住人たちを「あいつら」呼ばわりして憚らない。そうした恋人の態度に戸惑うセオは、いつしかシドニーに共感を覚えるようになっていく。

 ここで描かれているのは再開発による高級化、いわゆるジェントリフィケーションであり、市民間に生じる分断であり、突き詰めれば差別意識の問題である。黒人のシドニーと白人のセオが立場を乗り越えて共通理解への道筋を作り上げる物語、というような展開を予想するではないか。この設定ならそうなるだろう。本作は2021年度のアメリカ探偵作家クラブ賞ペーパーバック賞を受賞している。受賞作と聞けばますます、そうした展開を期待するではないか。

 ならないのである。初めに書いたとおり、読者が予想もしなかった方向に話は転がっていく。ミステリー的な引っかかりは、最初からある。シドニーとセオに共通するのは、何かを隠しているという態度だ。二人の語りには何か歯にものが挟まったようなところがあり、ところどころで疑問が生じる。そうした箇所が何かの伏線になっているのだろうな、とミステリー読者なら誰もが思うはずだ。その通り、伏線になっている。隠されていた真実が明らかにされ始めるのは全体の四分の三を過ぎたあたりである。読者は、なるほど、それが謎の中核だったか、と思いながらさらにページを繰っていくだろう。人には誰でも秘密がある。隣人の秘密は扉を開けて部屋の中に入ってみないとわからない。都市生活者はそういう風に誰もが孤立しているものだ、そういうものだ、と納得をしながら読んでいくだろう。すると、とんでもないことが起きる。さっきの驚きなど比較にならないようなことが起きるのだ。これはびっくりする。ええっ、と立ち上がってしまう人もいるはずだ。私は立ち上がった。

 かなり思い切ったことを作者はやっている。アリッサ・コールの小説は初めて読んだが、作者はアフリカ系アメリカ人で、ロマンスやSFなど他ジャンルでも執筆歴があるという。読んでいる最中から、ミステリー・プロパー書き手ではないな、という感じはあった。作中には白人至上主義への忌避感が横溢しており、それを突き詰めていった結果、謎解きの驚きを重視するミステリーの形式にたどり着いたのではないか。型破りな印象を受けるのはたぶんそのためだ。こうした作品をエドガー賞が評価したというのもちょっとおもしろい。大胆だな、と思う。

 いろいろ文句をつけたい点はある。信頼できない語り手として書かれているので仕方ない部分もあるのだが、シドニーの思考が読者には伝わりにくく、唐突に感じる箇所がある。また、後半の超展開においては、どうしてそんなことが起きうるのか、と立ち止まって説明を乞いたい気分にもなった。びっくりさせるのはいいが、もうちょっと丁寧に驚かせてくれてもいいじゃない、ということである。そうした粗さも含めて、一読の価値あり、ということなのだが。

 この作者の次が読みたい気もするが、ミステリーじゃない方向に行っちゃう気もする。どこに行くんだろう。怖いもの見たさでもう一作ぐらいは読んでみたい。

(杉江松恋)

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