【「本屋大賞2022」候補作紹介】『夜が明ける』――貧困、虐待、過重労働……「俺」と「アキ」の友情を通して描く、現代日本の「闇」
BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2022」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、西加奈子(にし・かなこ)著『夜が明ける』です。
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西加奈子さんの5年ぶりとなる長編は、思春期から33歳になるまでの男同士の友情とその軌跡を描いた物語です。
1998年、15歳の「俺」が高校で出会ったのは、身長191センチの巨体とひどい吃音を持つ同級生「深沢 暁」(ふかざわ・あきら)。「俺」は彼がフィンランドのマイナーな俳優にそっくりだと気づき、「お前は、アキ・マケライネンだよ!」と声をかけたことから、ふたりの交流が始まります。
いつも天然で面白くて、”いいヤツ”だった「暁」こと「アキ」。しかし当時の「俺」は、彼が貧困の母子家庭に育ち、実母から虐待を受けていたことを、ちっとも知りませんでした。
高校2年生のときに父親が亡くなった「俺」は、バイトに精を出しながら大学を卒業し、テレビ制作会社に就職します。いっぽう、マケライネンと同じ俳優になりたいと願ったアキは、小さな劇団に所属することに。
憧れて入った世界のはずなのに、「俺」は職場に蔓延するパワハラと激務、アキは信奉していた劇団から捨てられたことで、ふたりは次第に心身が壊れていきます。
苦しいときに連絡をくれなかったアキに対して、「俺」はあとからこう回想します。
「人生の岐路に立ったとき、そしてそれがどうしようもなく苦しいものであるとき、助けを求められるのが親友なのではないだろうか。俺は親友ではなかったのか」(同書より)
同書には、人に助けを求められない、助けの求め方がわからない人が登場します。自分が助けてもらう側であることを悔しいと感じ、ひとりですべてを抱え込む「俺」。自分の育った環境に疑問すら持てず、ただ目の前の現実を受け入れるしかないアキ。貧困家庭に育った自分を負けだと思いたくないから、人を恨むことをやめたと話す遠峰。男性優位な業界で負けたくないため、出産まで絶対安静が必要でも仕事を続ける田沢。
彼らの抱える状況を、「自己責任だ」と言う人もいるかもしれません。しかし同書では、「自己責任」という言葉が「最近は、大切な現実を見ないようにするための盾になってる」とし、「だから、そんな盾はいらない、みんなもっと堂々と救いを求めて」と呼びかけます。なぜなら、「助けてもらうことは、もちろん負けじゃなくて、得でも損でもなくて、当然のことだから」。
同書について西さんは、「日本に確実にある貧困や虐待や過重労働や、生きることそれ自体がつらい人に対して自己責任という名のもとに断罪する状況や、マチズモやミソジニーや、あらゆることを書きました」と述べています。
「俺」と「アキ」が友情をはぐくみ、懸命に生きてきた18年は、日本の経済が徐々に傾き、その影響が私たちの生活に重くのしかかるようになった年月でもあります。「俺」や「アキ」に自分の姿を重ねる人もいるでしょう。そして、いつ誰が「俺」や「アキ」になってもおかしくない現実を、私たちは心に留めるべきでしょう。
夜が明けることを信じて進む彼らの姿にやりきれなさを感じるか、それともそこにひと筋の光を見出すか――。ご自身で読んで考えてみることをおすすめします。
[文・鷺ノ宮やよい]
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