暁の町と黄昏の町、あとは荒野が広がる世界
人類が環境の悪化した地球から脱出し、宇宙へ移民をおこなってから長い年月がすぎた遠未来。物語の舞台となる植民星ジャニュアリーはつねに同じ面を太陽に向けているため、陽を受ける側と闇に閉ざされた側が固定されていた。昼と夜の合間にあたるベルト状の薄暮ゾーンだけが人間の生存可能地帯であり、現存する都市はふたつだけ。シャッターによって陽光をコントロールしている”暁の町”シオスファントと、建物の大部分を地中に築いた”黄昏の町”アージェロだ。両都市以外は剣呑な原住生物が出没する荒野である。
過酷なフロンティアとしての植民惑星。SFのひとつの王道であり、ふたつの都市の設定もなかなか魅力的だ。これを背景として展開されるドラマは、抑圧的な社会に対する抵抗であり、異なる文化のあいだの葛藤である。
シオスファントの名門校で学ぶビアンカは特権階級の出身だが、虐げられたひとびとの解放という理想を抱いた人物だ。彼女は同級生で親友のソフィーが自分を助けようとして警官に連行され、正当な手続きもなく殺されてしまったことで、後悔と自責に駆られていた。そして、革命を実行するため、運び屋であるマウスと手を組む。マウスは都市に属さない〈道の民〉一族の生き残りで、表向きはビアンカの理想に共感を示しながら、じつは宮殿から自分の一族の宝を取り戻す策略を練っていた。
こうした動機・価値観・感情のもつれが、物語に複雑な綾をもたらしていく。
ビアンカはソフィーを死んだものと思っていたが、ソフィーはじつは生き長らえていた。ワニと呼ばれる原住種族に助けられたのである。人間たちはワニを下等な動物とみなしていたが、じつは彼らには人間とは異なる知性と感情があり、独自の社会を築いていた。ソフィーは彼らをワニではなく、改めてゲレトと名づける。ゲレトには接触テレパシーとでも言う能力(神経伝達物質とフェロモンの中間のような分泌物が媒介する)があり、ソフィーは彼ら種族の記憶を共有することになる。
ゲレトは気候工学と生物工学を同じものとみなす文明を発達させており、これが作品の終盤、惑星ジャニュアリーの成り立ちと人類の今後をめぐる展開で大きな意味を持ってくる。そうしたSFとしての大きな設定と、ソフィー、ビアンカ、マウスの人生の物語が有機的につながっているところが読みどころだ。
(牧眞司)
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。