自由と呪い、三百年の孤独
アドリーヌ(アディ)・ラルーは十八世紀初頭にフランスの片田舎に生まれた娘だ。豊かな好奇心を持ち、広い世界と人生の可能性に憧れる彼女を、両親は「夢ばかり見て」と嘆き、望まぬ結婚を強制する。アディは思う。
自由でいたい。自分以外の誰かのものなんてなりたくない。もっと時間が欲しい。
その切実な願いを聞き届けたのは、森の精霊(いにしえの神)だった。おまえが望む自由な時間をあげよう、そのかわり魂をおくれ。
そう、この作品は「悪魔との契約」のヴァリエーションである。ありきたりの展開にならないのは、ひとつに契約によってアディが負った呪いが独特だからだ。彼女は他人にいっさいの印象を残すことができない。目には見えるものの、ひとたび視野の外に出ると認識されず、記憶からも消え去ってしまう。そればかりでない。アディは署名や手紙をはじめ、世界にしるしを残すことがまったく不可能なのだ。
他人と関係を築けない境涯で、いかに生きていくか? 通常の仕事はできない。物を盗むことはできるが、それとてうまく相手の視界から出られなければ、その場で捕まってしまう。
いっぽう、テーマ面で際立っているのは、ジェンダー論的な観点だ。社会のなかで女性(あるいはマイノリティ)がいかに不自由を強いられてきたか、十八世紀から二十一世紀にわたる歴史をアディ自身の体験として、また彼女の周囲の人間が置かれた状況として綴っていく。
物語が大きく展開するのは、二十一世紀のニューヨークで、アディを忘れないひとりの青年と巡りあってからだ。書店に勤めるヘンリー。彼には彼の事情があった。
ふたりの運命がもつれていく。そして、アディと契約した神(悪魔?)も、実体的な登場人物(アディによってリックと名づけられる)として、物語に深くかかわっていく。抑制の利いたロマンチック・ファンタジイ。
(牧眞司)
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