ラヴクラフトの衣鉢を継ぐ俊英キャンベルの短篇集
H・P・ラヴクラフトが創始した《クトゥルー神話》は多くの作家に引きつがれ、文化的遺伝子としてさまざまなメディアで繁茂している。小説分野で際立った存在感を示しているのが、英国人作家ラムジー・キャンベルだ。少年のときからラヴクラフトに傾倒し、彼が遺した作品やメモを丹念に読みこみ、そこを起点に自分の作品を書きあげていった。本書はキャンベルの《クトゥルー神話》集である。1巻には十一篇、2巻には十篇を収録。
《クトゥルー神話》は異星から到来した邪神という設定で、未知なる宇宙の途方もない大きさとオカルティスムを接合する。キャンベルはその効果を熟知しており、物語のクライマックスにおいて恐怖の核心(異星の異様な光景やグロテスクな怪物など)を即物的筆致で克明に描写しつつ、最後で必ず、言葉で表せない「おぞましさ」があると言い添えるのだ。チープと言えばチープな修辞法だが、もちろん、キャンベルはわかっていてやっている。パルプ小説の伝統だ。
そのいっぽうで、物語中に別の物語を嵌めこむ構成や、語りの視点の置きかたなど、文学技巧もなかなかのものだ。各巻巻末に付された竹岡啓「作品解題」によれば、キャンベルはウイリアム・S・バロウズやウラジーミル・ナボコフなどの現代文学からも影響を受けているという。また、ラヴクラフトが『ネクロノミコン』をはじめ架空の奇書にしばしば言及したように、キャンベルも邪教の知識を網羅した禁断の聖典『グラーキの黙示録』を登場させる。これは怪奇を盛りあげるモチーフとしても、メタフィクションを構成する装置としてうまく機能している。
由来がよくわからない文書、稀覯書を収蔵している図書館、謎めいた古書店といった道具立ても、キャンベルが得意とするところだ。たとえば「コールド・プリント」では、猟奇的な書籍を愛好する主人公がむさくるしい男に声をかけられ、場末の路地に佇む書店へと案内される。闇に沈むような雑然とした店内、棚に並んだ尋常ならざる本の数々、正体不明の店主……読者は知らず識らずのうちに異界へ誘いこまれる。
(牧眞司)
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