「政治的に若者の力、若者の夢、若者の持っている価値に対して注目することが、私たちにとって重要な行為」 『GAGARINE/ガガーリン』 ファニー・リアタール監督&ジェレミー・トルイユ監督インタビュー
パリ郊外で暮らす若者たちを描いたエモーショナルな青春映画『GAGARINE/ガガーリン』が、2月25日に公開される。舞台はパリ五輪の開催を前にした再開発によって、2019年に解体されたガガーリン団地。1961年に人類初の有人宇宙飛行を成し遂げたユーリ・ガガーリンにその名を由来する、実在した巨大な公営住宅だ。主人公は宇宙飛行士を夢見る16歳の少年ユーリ。ガガーリン団地で育った彼は、恋人の元へと去っていった母親の帰りを信じて待ち続けている。そんな中、大切な思い出の詰まった団地の解体計画が決定。次々と住民が立ち退き、誰もいなくなった団地に残されたユーリは、室内を宇宙船のように改造し、途方もないミッションの実行を決意する…。メガフォンを執ったのは、本作が長編デビューとなった男女の監督ユニット、ファニー・リアタールとジェレミー・トルイユ。美しくファンタジックな映像に実際のガガーリン団地のアーカイブ映像を織り交ぜ、心に迫る独創的な世界観を作り上げた。映画の日本公開を前にした彼らにオンライン取材を行い、作品の誕生秘話や舞台裏について話を聞いた。
――パリ郊外に実在したガガーリン団地を舞台に映画を撮るというアイデアは、どのようにして生まれたのですか? ドキュメンタリーではなくフィクションを選んだ理由は?
ファミー・リアタール監督「私たちは最初に『GAGARINE』(2014)というタイトルの短編を作ったのですが、すでにその時点でドキュメンタリーではなくフィクションでした。フィクションにした理由は、団地に対する視線をずらしたいと思ったからです。フランスでは“郊外の団地”というと必ず汚名を着せられて、悪い印象を持たれてしまうんです。それとは違った視線をもたらしたいと思って、本作でもフィクションを選びました」
――いつ頃から構想を練っていたのですか?
ファミー・リアタール監督「ガガーリン団地と出会ったのは2014年のことでした。建築家の友人たちが解体のための調査に携わっていて、私たちを招いてくれたんです。私たちはパリに来たばかりで、映画を作りたいと思っていました。そこで友人たちが、ガガーリン団地に住む人々についての作品を撮らないかと提案してくれたんです。私たちはこの場所がとても気に入って、もうそこから離れることはありませんでした。建物の歴史や住民との出会いからインスピレーションを受け、映画を作りたいと思うようになり、今回の長編まで至りました」
――劇中には、ガガーリン団地で暮らしていた人々が直面した現実を思わせるシーンも含まれています。現地でのリサーチ期間に目にしたことで、実際に作品に取り入れた要素はありますか?
ジェレミー・トルイユ監督「現実から得たエピソードもあれば、自分たちが人生の中で目にしたけれど忘れてしまっていた、どこか遠いところから来たものもありますし、フィクションの部分もあります。たとえば、たくさんの女性が屋上で踊っているシーンがありますが、あれは実際に見たことではありません。私たちが目撃したのは女性の力強さでした。それはガガーリン団地だけでなく、大衆的な地区では必ず見られたもので、短編を撮ったときから感じていたんです。私たちはそのような女性の力から、たくさんのインスピレーションを得ました。女性たちは母親であり、友人であり、とても複雑で、インスピレーションを与える存在です。ステレオタイプの女性像とは全く違うんです。ですから、本作では彼女たちにオマージュを捧げたいと思いました。女性の力を劇中で描くために、あのシーンを撮ったのです」
――この物語をユーリという少年の目を通して伝えようと思ったのはなぜですか?
ファミー・リアタール監督「ユーリは実在の人物ではなく、ガガーリン団地をはじめとする公営住宅で出会った若者たちからインスピレーションを得て作り上げた存在です。私たちは長年にわたって、ユーリという登場人物を脚本に書いてきました。彼のことを夢見て、同時に彼を擁護してきたんです。ユーリはとても優しくて夢見がちな若者です。団地の若者というとイメージされがちなステレオタイプがあるのですが、彼はそういった先入観とは真逆のタイプなのです。私たちは彼のそのような部分も擁護する必要がありました」
――ユーリ役のキャスティングはどのように行ったのですか?
ファミー・リアタール監督「街でスカウトしたり、高校から出てくる学生たちに会いに行ったり、ユーリ役の俳優探しは何ヶ月もかかりました。最終的に決まったアルセニ・バティリは、学校の出口で配られていたチラシを見てメールをくれたんです。俳優として演技をしたこともなければ、映画の経験も全くなかったのですが、私たちに会いに来てくれました。初めて会ったときは本当に驚きました。彼は私たちがイメージしていたユーリ像と必ずしも合っていたわけではありません。当時17歳だったので、すでに大人のような体型だったのですが、どこか幼い微笑みやまなざしの持ち主でした。子どもと大人の中間の年頃で、そこがとても素晴らしかったんです。アルセニは俳優として類いまれな才能を持っているので、今後は長いキャリアを築いていくことを願っています」
――演技初挑戦とは思えないくらい素晴らしい表現力でしたが、どのような演技指導をしたのですか?
ジェレミー・トルイユ監督「俳優との仕事が面白いのは、それぞれが全く違うということです。鍵はコミュニケーションにあって、いかにしてお互いを理解できるかということが重要です。アルセニの場合は、長い時間をかけてお互いを知る努力をしました。私たちは透明になって、彼が理解できるように心がけましたし、私たちも彼の秘密に少しでも入り込めたら、と考えていたんです。また、ユーリの頭の中は宇宙のことでいっぱいでしたから、アルセニにも宇宙の本をたくさん読んでもらいました。それから、ガガーリン団地に何度も足を運んでもらって、現地の若者たちに会ってもらいました。撮影前には田舎の家を借り切って、一週間住み込みで俳優たちの研修を行い、キャストが『GAGARINE/ガガーリン』というフィクションにおけるファミリーとして絆を感じられるようにしました。アルセニは演技初挑戦だったので、デルフィーヌ・ズィングというプロのコーチをつけたのですが、彼女はセリーヌ・シアマ監督の映画『ガールフッド』でも演技指導を担当した人です。アルセニは彼女について演技を学び、正しい感情を出せるようになりました。本当にびっくりしました」
――宇宙飛行士を夢見るユーリが主人公の本作では、ファンタジーとリアリティーのバランスが絶妙でした。物語にファンタジーの要素を入れようと思った理由は?
ファミー・リアタール監督「私たちはファンタジーというよりも、少なくとも宇宙の要素を入れたいと思っていたんです。それは現実的な状況の中に幻想的な要素を取り入れるということでもあります。また、いろんな意味で夢を見させるためでもあるんです。ユーリのような宇宙ファンであれば、この美しい建物を本当に気に入るはずです。それに、私たち自身も宇宙を夢見てきましたし、『2001年宇宙の旅』や『ブレードランナー』や『惑星ソラリス』のようなSF映画を観て育ちました。そのような宇宙映画をフランスのローカルな背景で撮るということや、大きくなってからそんな体験をしてみるということが素晴らしいと思ったんです」
――近年、厳しい状況に置かれながらも懸命に生きる子どもたちを描いた作品が世界中で発表されています。本作のユーリもまた、母親にネグレクトされているわけですが、これはフランスの現状を反映しているのでしょうか?
ジェレミー・トルイユ監督「これはもちろん、フランスの現状です。是枝裕和監督の『誰も知らない』という映画がありますが、あの作品は日本だけではなく世界中の状況を描いていると思いますし、私たちみんなの問題だと思っています。フランスの若者は権力や社会の側から否定され、忘れ去られています。でも、そうした若者たちが私たちの社会の未来を作っていくわけですから、今のままではいけないと思うんです。若者たちをほったらかしておけば、自閉的になって、怒りが込み上げてしまう。それは恐ろしいことです。彼らと向き合って、ちゃんと面倒を見るということをしていないフランスの現状は酷いと思います。ですから、政治的に若者の力、若者の夢、若者の持っている価値に対して注目することが、私たちにとって重要な行為だと思いました」
――東京でもオリンピックの前に近隣の団地が取り壊されるなど、各地で再開発が行われました。世界中でジェエントリフィケーション(都市の富裕化現象)が進んでいますが、パリの市民はどのような考えを持っているのでしょうか?
ファミー・リアタール監督「ガガーリン団地では様々な反応がありました。人数も多いですし、みんな考え方が違ったんです。解体については長い時間をかけて話し合いが行われ、実際には改装計画もあったのですが、実現しませんでした。住民たちは疲れてしまって、もうどこでもいいから出て行きたいという気持ちになっていたと思います。ただ、あの場所で人生を過ごしてきた人たち、特に年配の方々にとって、団地を出て行くのはとても大変なことでした。また、ガガーリン団地がアイデンティティの一部になっている若者もいました。彼らにとってはつらいことでしたが、劇中で描いた通り、住み替えは徐々に行われました。一つの団地が壊されてしまうと、共同体がなくなってしまうのは確かです。解体の日には、かつての住民が見届けに来て、別れを惜しんでいるのが伝わってきました」
――本作はお二人にとって長編デビュー作だったそうですが、どのような経験になりましたか?
ジェレミー・トルイユ監督「本作は私たちにとって初めての長編作品で、6年を費やして作ったので、多くのものを得ることができました。これは共同作品であり、たくさんの人々と一緒に経験した冒険です。様々な領域に住む人々との出会いがありましたし、素晴らしいスタッフとのチームも出来上がりました。私たちはそのチームに対して、今後も忠実でありたいと考えています」
Text Nao Machida
『GAGARINE/ガガーリン』
2.25(金)新宿ピカデリー、HTC有楽町ほか全国ロードショー
公式サイト gagarine-japan.com
【STORY】
パリ東郊に位置する赤レンガの大規模公営住宅“ガガーリン”。
この場所で育った16歳のユーリは部屋の天体望遠鏡から空を観察し、宇宙飛行士になることを夢見ていた。老朽化と24年パリ五輪の為に取り壊す計画が上がった団地では、次々と住人の退去が進むが、ユーリは帰らぬ母との大切な思い出が詰まったこの場所を守るため、友だちのフサームとディアナと一緒に取り壊しを阻止しようと動き出す―。
自由で明るいディアナに恋心を抱き、彼女や親友フサームとのふれ合いの中で、不器用ながらも少しずつ成長していくユーリ。消えゆく世界に留まりたい、団地から抜け出して夢を追いかけたい気持ちとの間で揺れるユーリは、団地解体の刻が迫るなか、空っぽになった無人の住宅を大好きな宇宙船に改造して守る事を決意する。
監督:ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイユ
出演:アルセニ・バティリ、リナ・クードリ、ジャミル・マクレイヴン、ドニ・ラヴァンほか
2020|フランス|98分|カラー|シネスコ|5.1ch|フランス語|原題:Gagarine
配給:ツイン (C)2020 Haut et Court – France 3 CINÉMA 映倫G
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