8年を経て結びつく2つの事件〜降田天『朝と夕の犯罪』

8年を経て結びつく2つの事件〜降田天『朝と夕の犯罪』

 児童虐待という題材を扱っている小説というからには、楽しいお話でないことはお心に留めておかれた方がいいかもしれない。救いはなくはないが、幼い子どもが亡くなるという取り返しのつかない事件が起きてしまう重い物語だ。

 内容は二部構成。第一部では、ふたりの兄弟と弟の知り合いである女子高生が狂言誘拐を実行したことから、事態が思わぬ方向へ転がっていく様子が描かれる。冒頭、兄・アサヒが通う大学の最寄り駅近くの横断歩道で、兄弟は10年ぶりの再会を果たす。ある事件が起きて別れ別れになるまで、アサヒと弟のユウヒは父と3人で、定住もせず学校に通うこともなく流れ流れて生きていた。根無し草のような生活にピリオドが打たれたとき、アサヒは自分の母親すなわち父の元妻に引き取られ、ユウヒは児童養護施設に送られることに。

 連絡先を交換した兄弟は、後日神倉市内にあるユウヒのアパートでもう一度顔を合わせた。そこで、アサヒはユウヒの狂言誘拐の計画を知らされる。誘拐のターゲット、と見せかけて実行犯のひとりであるのは、15歳の女子高生・松葉美織。美織の父は元県会議員の松葉修で、次の横浜市長選挙に出馬することが決まっていた。誘拐を企てた理由は、美織に関しては”世間体を気にして娘と向き合うことのない家族から離れるため”、ユウヒに関しては”自分も入所していた児童養護施設の修繕費に充てるため”。さらにアサヒに協力を依頼し、千五百万円の身代金を3人で山分けしようと誘いをかけるユウヒ。一度は拒絶の意を表したアサヒだったが、過去の秘密をばらすとユウヒにほのめかされ、「俺が協力者だとは誰にも明かさないこと」「身代金を一千万円に減額すること。俺の取り分はいらない」と条件をつけたうえで了承する。

 ユウヒ曰く、「身代金目的の誘拐事件の検挙率は九十五パーセント以上」「つまり、警察に捜査されればまず捕まる」「捕まらないためには警察を介入させないことが重要」。アサヒが担うのは、内部調査のような役割。計画を実行に移した際に警察の介入の有無を見極めるため、名門私立大政経学部の学生という立場を利用して松葉修の選挙事務所に潜り込む。思い通りに事は運ぶかにみえたが…。

 第二部はそれから8年後のこと。神倉市内のマンションで、女児の遺体が発見される。傍らにいた兄と思われる男児も衰弱しきってはいたものの、警察によって保護された。事件発覚の翌日未明にふたりの母親とみられる吉岡みずきという女の身柄が確保されるが、終始黙秘を続けている。その後、市民から寄せられた情報によって、吉岡の身元が割れるのだが…。

 第一部と第二部の異なる事件を結びつけるつながり、そして真相が次第に明らかになっていく様子は、さながらパズルのピースがはまっていくのを見るかのようだ。しかし、それによって得られるのは、爽快感よりもやるせなさ。

 親が放置したために子どもが命を落とすような事件は、昨今では珍しいものではないという認識になってしまったといえるだろう。すべてのケースがそうというわけではないが、親からの虐待などを受けて育った子どもが、長じて我が子に対して同じような態度をとってしまう傾向がみられるというのもよく言われることだ。だからといって、虐待が決して許されることではないのは言うまでもない。本書においても、本来大人によって守られるべき子どもの命を奪った加害者が心からの反省をし、決してこのようなことを繰り返さないでほしいと心から願うばかりだ。

 『朝と夕の犯罪』は神倉駅前交番勤務の警察官・狩野雷太シリーズの第2作となる(第1作にあたる『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』の表題作は、第71回日本推理作家協会賞短編部門の受賞作)。狩野は第二部の冒頭で女児の遺体と衰弱した男児を発見するという目を引く役どころだったので、さぞ縦横無尽の大活躍を見せてくれるのかと期待したのだが、概ね脇役に徹している。主に捜査を担当するのは、狩野と採用時期が同じだった県警捜査一課所属の烏丸靖子なのだった。とはいえ、ここぞというところで進まない捜査に風穴を開けるような推理を披露してみせ、さすがは昔「落としの狩野」と呼ばれただけのことはあると思わせる実力を発揮。「へらへらした」「軽薄」といった言葉で形容される狩野の内面は、ほとんど描写されることはない。そのつかみどころのなさは作品そのものの味わいにも重なって、抗い難い運命に翻弄される登場人物たちの悲しみをより際立たせているようでもある。作中では狩野の態度に業を煮やす関係者が多いけれど、”のらりくらりしつつも有能”というテイストは大好物なので、続編ではもう少し出番を増やしていただけるとうれしいです。

(松井ゆかり)

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