微妙に人間くさいマーダーボットと宇宙船

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微妙に人間くさいマーダーボットと宇宙船

 一昨年翻訳されて好評を博した『マーダーボット・ダイアリー』の続篇。前作は四つの中篇の連作だったが、本作品は長篇であり、ずっしり読み応えがある。

 物語の語り手にして主人公は、警備ユニット。有機組織とマシンが融合したアンドロイドであり、かつて大量殺人を犯したため記憶が消去されている。このマーダーボットの一人称を”弊機”、言葉づかいを「ですます」調で訳しているのが面白い。達意の訳者、中原尚哉さんのお手柄だ。マーダーボットは感情を剥きだしにしたしゃべりかたをしない。しかし、きわめて率直であって、「クソです」「弊機は怒っています」「あなたは不愉快千万です」「歯ぎしりというものをしたい気分になりました」「全員殺します」などと平然と言い放つ。それが絶妙なおかしさを醸しだすのだが、マーダーボットが本気になれば人間なんてひとたまりもないので剣呑と言えば、きわめて剣呑である。

 こんかい、マーダーボットは恩人であるメンサー博士の依頼を受け、惑星探査チームに同行する。しかし、彼らの宇宙船は謎の輸送船から奇襲を受け、調査チームは分断されてしまう。マーダーボットとメンサー博士の娘であるアメナは輸送船に取りこまれ、ほかのメンバーは脱出ポッドで逃げだす。

 問題は敵の正体である。輸送船を操っているのは灰色の肌のヒューマノイドたちだが、船自体(AIの自意識がある)はなんとマーダーボットの昔なじみ(というか腐れ縁)だったのだ。輸送船――マーダーボットは「不愉快千万な調査船(アスホール・リサーチ・トランスポート)」、略してARTと呼んでいる――は、自分の乗員たちを守るために不本意ながらヒューマノイドに手を貸してしまったという。

 物語はマーダーロボットがいかに敵と戦い、調査チームのメンバーを守り抜くかを焦点として進行し、その過程で、この銀河社会の暗部があぶりだされていく。遠未来を舞台としていても、社会を動かしているのは企業の論理であり、宇宙ではヒューマニズムは金にならないのだ。

 そんな殺伐たる宇宙において、マーダーボットが自分とかかわりのある人間(最初は顧客としてだが状況が変わってからは仲間と感じているようだ)を守ろうとし、ARTが自分の乗員をとても大切にしているところが、この作品のひとつのポイントだ。

 マーダーボットとARTとの角突きあいもおかしい。互いに意地を張ってイケズをするけど、けっきょく相手をいちばん理解している間柄だったりする。居合わせた人間のキャラクターから「また喧嘩している」と笑われたりする」

(牧眞司)

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