異質なものを、最後まで異質なまま描ききる

異質なものを、最後まで異質なまま描ききる

 レムは1961年に『浴槽で発見された手記』『星からの帰還』『ソラリス』の三長篇を発表した。

『浴槽で発見された手記』は、寄る辺なき世界のなか、断片的情報を求めて彷徨う不条理作品。

『星からの帰還』は、長い旅から帰還した宇宙飛行士が、変貌した地球を目の当たりにするユートピア/ディストピア小説。

『ソラリス』は、人類の叡智が遙かおよばない挙動を示す惑星ソラリスを舞台に展開する愛と戦慄の物語。

 まったく傾向の違う、しかし紛れもなくレムの理知と洞察に貫かれている――どれも彼の代表作と言ってもおかしくない――三作品が矢継ぎ早に刊行されたわけだ。

 これらの次に、少し間を置いて送りだされたのが、本書『インヴィンシブル』だ。日本ではかつて『砂漠の惑星』の題名で早川書房から翻訳が出ていた(飯田規和訳)。そちらはロシア語訳からの重訳だったが、こんかいはポーランド語からの直接訳である。『インヴィンシブル』というタイトルも、原題の意味を汲んだものだ。「無敵」を示し、作中では登場人物たちが搭乗している宇宙船(二棟巡洋艦)の名称である。

 インヴィンシブル号が向かったのは、未知の惑星レギスⅢ。先行する調査団が乗り組んだコンドル号は、この惑星に到着してほどなく消息を絶った。その捜索のためである。

 何が待ちうけているかもわからない異境を、手順を踏み、検討を重ねながら探険していく。科学的アプローチをゆるがせにしない点は一級品のハードSFと言ってよい。

 中心をなすテーマは人類とはまったく異質な知性とのコンタクトだが、その異質を最後まで異質として描ききる潔さは、さすがレムだ。インヴィンシブル号の乗員たちを脅かす《雲》の正体は、グレッグ・イーガン、ピーター・ワッツなど後継世代の作品によって現代ではさほど目新しいアイデアではなくなっているものの、レムの先見性は際立っており、なによりも描写の素晴らしさは発表から60年が経過した現在においていささかも減じていない。

 描写力の点では、《雲》とならぶレギスⅢの異景、《都市》のなかへと分け入っていくくだりにも瞠目する。《都市》と言うのは仮にそう呼んでいるだけで、とても居住空間とは思えず、社会活動の痕跡もない、巨大なメカニズムの廃墟だ。余計な感情をこめないソリッドな筆致で、圧倒的な質感が立ちあがる。

(牧眞司)

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