災害復興の体験型テーマパーク! 楽しみながら有事に備える「nuovo」
地震、台風、大雨、大雪……。近くの街が、大切な人が住む街が被災してしまったら。災害ボランティアとして駆けつけたい思いはあっても、「自分が行っても非力では」と、一歩を踏み出せない人がいます。また実際にボランティアを体験し、現場で力不足を痛感したという人も。
そんな人にぜひ注目してほしいのが、平時を楽しみながら有事に備える、日本初の防災アミューズメントパークです。
台風19号で地元が被災。復興作業には重機オペレーターが不可欠だった
「栗のまち」として知られる長野県小布施町(おぶせまち)に、2020年10月にオープンした「nuovo(ノーボ)」。浄光寺の副住職である林映寿(はやし・えいじゅ)さんが、東日本大震災を機に立ち上げた一般財団法人「日本笑顔プロジェクト」が運営する、体験型ライフアミューズメントパークです。
創設のきっかけは、2019年10月、台風19号により千曲川が決壊し、小布施町をはじめ近隣市町村が甚大な被害を受けたこと。住宅地や農地に大量の泥が流れ込み、ボランティアによるスコップでの泥かきは途方もない作業で、人力での限界を感じたといいます。一方、重機は各所から確保できたものの、オペレーターが圧倒的に不足していたことから、今後災害現場で即戦力となる人材を育成しなければ、と実感したそうです。
「『ディズニーより楽しく、自衛隊より強く』がnuovoのモットー。楽しんでいたら防災力がアップしていた、そんな施設をめざしています」(林さん)
小布施町の広大な遊休農地を活用したnuovo(写真撮影/塚田真理子)
日本笑顔プロジェクト代表の林さん。全国の支部は現在37カ所にまで拡大(写真撮影/塚田真理子)
農業+防災でノーボ。農エリアは非常時の食料補給に役立つ
nuovo(ノーボ)というネーミングは、農業+防災=「農防」から付けられました。敷地面積は約4000平米で、そのうち1/4が畑として整備されています。ここでは「災害時こそ栄養あるものを」と、炊き出しに使える野菜を栽培。土の中で保存がきくネギや根菜類を中心に、近所の80代のおばあちゃんが管理してくれているそう。災害時に備えつつ、平時にはイベントで収穫体験も楽しめたりします。
そして敷地の3/4が防災エリア。ふだんは、日本笑顔プロジェクトが災害支援経験で役立ったものを集約して常設しています。例えば、緊急時にスピーディに設営できるエアードームは、天井が高く中はゆったり。連結もでき、折り畳めば段ボール1個分とコンパクトに。また災害支援が中長期的になった際、防災本部として機能するトレーラーハウスもあります。屋上付きのため、ここから被災エリアを偵察したり、大勢のボランティアチームに指示を出したりするのに役立ちます。
畑では地元農家さんの手を借りて、ネギや根菜類を栽培している(写真撮影/塚田真理子)
広大な果物畑に囲まれたのどかな場所(写真撮影/塚田真理子)
イベント時には野菜の収穫体験やBBQも(写真撮影/塚田真理子)
エアードームは重機を収納するスペースにもなる(写真撮影/塚田真理子)
体力を使う災害ボランティアが快適に過ごせるよう、トレーラーハウスはエアコン完備。隣には、水を使わず微生物の力で排泄物を分解・処理するバイオトイレも設置(写真撮影/塚田真理子)
四輪バギーやショベルカーの操縦体験はまるでアトラクション
さて、この防災エリアが実は楽しいアトラクションエリアでもあるのです。いきなり重機の資格を、といってもハードルが高いということで、まずはATV四輪バギーに乗ってみたり、重機の初歩的な操縦をしてみたりする「体験コース」が用意されています。
筆者も今回初めて体験させてもらったのですが、アトラクション感覚で楽しんでしまいました! あらゆる地形を縦横無尽に走る四輪バギーの後部座席に乗車すると、クルーの運転で高低差のあるデコボコ道をずんずんと進みます。スピードも出せますが、要救護者を乗せることも多いということで、慎重に運転しますというクルーの気遣いにジーン。
さらにショベルカーの操縦も初体験。アームを操作して土を掘ってみると、そのパワフルさを実感します。笑顔プロジェクトの思惑通り(?)、自然と笑顔になっていました。そして意外と自分でもできるんだ、と感動していたら、「力の弱い女性こそ、重機を扱えるようになってほしい」と林さん。なるほど、納得です! 実際、重機資格を取得する人の3~4割は女性なのだそうです。
人や物資の運搬、ゴミ回収などに活躍するATV四輪バギー。昨年冬に北陸で発生した雪害の際は、高速道路上の滞留車に支援物資を届ける緊急支援車両として出動した(写真撮影/林映寿さん)
体験コースはファミリーでの参加も可能。働く車好きの子どもと楽しんでいたら親がハマってしまった、というケースも多いそう。四輪バギーは資格取得だけでなく、購入に至った人もこれまでに4人いるとか!(写真撮影/塚田真理子)
クルーの手解きで、パワーショベルの操縦も初体験(写真撮影/林映寿さん)
重機資格取得コースの休憩時間には、水陸両用バギーの乗車体験も行われた。テーマパークのアドベンチャーのようなワクワク感!(写真撮影/塚田真理子)
マスクで分かりにくいけれど、体験時には誰もが林さんが描いたロゴのような笑顔に(写真撮影/塚田真理子)
打ちっぱなしならぬ掘りっぱなし!? サブスクで重機トレーニング
今回おじゃましたのは、災害現場で役立つ技能を身につける「重機資格取得コース」の2日目。初日の学科を経て、この日は重機を操作し整地や運搬、掘削などを学んでいきます。合間には、クルーの重機隊によるパフォーマンスタイムも。惚れ惚れするような技に、受講者はもれなく動画を撮影。いやぁ、かっこいいです!
ただ、資格を取ったらそれで終わり、ではありません。「いざ災害現場に行ってみると、重機のエンジンすらかけられない人も。資格を取ってもその後使っていなければ忘れてしまうのは当然ですよね」と林さん。そんなペーパードライバーにならないために設けられたのが、日本初の「サブスク会員コース」です。
月額課金制で、月に10日ほどある実施日に重機やバギーのトレーニングが受けられるというもの。「ゴルフの打ちっぱなしならぬ掘りっぱなし」感覚で、休日趣味のように通う人もいれば、小布施観光を兼ねて遠方から受けに来る人も。さまざまな場面での運転、操作の経験を積んで腕を磨くことで、いざというときの即戦力になれるのです。
台風19号の災害ボランティアをきっかけに、介護職から転身し日本笑顔プロジェクトのクルーとなった春原圭太さんによる重機パフォーマンス。華麗な操縦に拍手が湧く(写真撮影/塚田真理子)
災害現場は足場が悪く、泥沼に入ることも。作業後、キャタピラーについた泥の落とし方を伝授(写真撮影/塚田真理子)
重機資格取得コースの講習風景。災害現場での経験豊富なクルーが指導にあたる(写真撮影/塚田真理子)
近隣の倒木現場がサブスクトレーニングの実践の場に
nuovoでは、今回見学した重機資格(パワーショベルでの整地・運搬・積み込み及び掘削)に加え、パワーショベル(解体)、チェーンソー、四輪バギー、普通救命講習と、災害時に役立つ計5種類の資格取得コースを用意しています。日程はそれぞれ別で、講習日数は半日~3日間。
資格取得後のサブスクトレーニングでは、災害現場を想定した10段階の検定が設けられています。いざ災害が発生した際には、日本笑顔プロジェクトからサブスク会員や修了生に声がかかる段取りで、それぞれのレベルに合った現場がコーディネートされるそう。「安全性を重視し、初心者からベテランまで、無理のない支援活動を行えるよう心がけています」(林さん)。
nuovo発足後大きな災害は起きていないため、被災地での活動はまだありませんが、長野市戸隠での川の増水による倒木撤去作業に駆けつけるなど、実践経験が積めるのもサブスクのいいところ。また、重機資格を取得した農家の方が自分の畑の木の抜根を行うなど、実務で活用するケースもあるそうです。
資格講習を終えると、修了証が交付される(写真撮影/塚田真理子)
nuovoで資格を取得すると、サブスクコースが利用できる仕組み。サブスクは月額1000円(月に30分のトレーニング無料)~。半年間繰越も可能(写真撮影/塚田真理子)
スキルアップの先は、受講者を指導するクルーへの道も拓ける
レベルごとに災害現場で役立つ技術が学べるサブスクコースですが、経験を積んでレベル1に合格すると、nuovoクルーとして受講者を指導する仕事につながることもあります。四児の母という山本真衣子さんもそのひとり。親しみやすい雰囲気もあり、特に女性受講者にとっては憧れの存在です。
「台風19号のときは育児もあり動けずモヤモヤしていました。道に重機があると見惚れて学校に遅れる子どもだったので、昔から興味はあったものの、お金を出して資格を取っても使うことないなって。でもここでちゃんと習得すれば防災の備えになると知って、行動に移せました」。
nuovoでは、重機オペレーター1000人の育成をめざしていて、現在449人を達成(2021年6月18日現在)。「1000人という数字は、資格取得者10人のうち1人がサブスクでトレーニングを積んでくれたらいいなと。そうして災害時に100人規模の即戦力があれば、自衛隊よりも早く動き出せます」と林さんは言います。
資格取得とサブスクでのトレーニングを経て、クルーの一員となった山本さん。現在では受講者を指導する立場に(写真撮影/塚田真理子)
大学を休学し、現在事務局長を務める神戸智基さん(右)、代表の林さん、副代表の春原さんをはじめ、常勤クルーは3名。ほか10名の非常勤クルーがnuovoを支えている(写真撮影/塚田真理子)
飛び出す絵本のような仕掛けが楽しいフライヤー。nuovoは47都道府県に展開する計画も(写真撮影/塚田真理子)
今回、もともと重機に興味があって受講したという女性利用者の言葉が心に残りました。「好きでやっていることが、いざというとき役に立てるならうれしい」。まずは楽しんで、力をつけて備えることで、いつか誰かの助けになれる場所がここにはありました。
コロナ禍もあり、全国から災害ボランティアが集まりにくい時代だからこそ、自分たちの街は自分たちで守る、そんな心構えが必要だと強く感じます。
さらに頼もしいニュースが飛び込んできました。6月28日、長野と同じく台風19号の被害を受けた千葉県成田市と、今年4月に山林火災が発生した長野県飯山市に、「nuovo EX(Experience)」という体験版施設が同時オープン。時間が過ぎるにつれ、薄れていきがちな防災意識を高め、維持していくために。nuovoが全国各地に広がって、楽しい防災拠点が増えることを期待しています!
●取材協力
日本笑顔プロジェクト
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