『お坊さんはじめました』新章突入/彼岸寺 創設者 松本圭介さん(2/3)

access_time create folder生活・趣味

『お坊さんはじめました』新章突入/彼岸寺 創設者 松本圭介さん(2/3)

『彼岸寺』創設者 松本圭介さんインタビュー第二回です。
2004年に『彼岸寺』を立ち上げた松本さんは、MBA留学の準備を始める2009年頃までの間、すごくアクティブに活動されていました。『彼岸寺』の運営をしながら、光明寺では『神谷町オープンテラス』を開き、音楽イベント『誰そ彼』をスタートし、築地本願寺で2000人を動員するフリーライブ『他力本願でいこう!』を実現。2005年には、初の著書『お坊さんはじめました』を出しておられます。この本を読むと、当時の松本さんが考え続け、動き続けた熱量の大きさが伝わってくるようです。

そして、2010年――松本さんは、ビジネススクールで学ぶためにインドへ留学されました。インドで松本さんが考えていたことはどんなことだったのでしょうか。かなりじっくりとお話を伺いました(前回のインタビューはこちら)。

「どんなお坊さんになろう?」とMBA留学――振り返ってみると、お坊さんになってからインドへMBA留学するまでは”実験期間”みたいな感じでしょうか。
そうですね(笑)。実験期間だったし、自分自身もお坊さんになってみたはいいけど、どういうお坊さんになったらいいのかわかんなかった時期でもありますよね。

2005年当時の『彼岸寺』

――大学3年生のときに、「就職する前にいろんな業界を見よう」と行動していたのと似ていますか?
似ていますね。おかげさまで、お坊さんとして4、5年あれこれ自由にやらせていただく中で、仏教業界をひとまわりできた気がしました。ひとつのお寺としてもいろいろやったし、本山職員として組織のなかに身を置くことで見えてきたこともあったので。でも、そういった経験を踏まえて、お寺の経営や運営、マネジメントを良くしていくにはどうすればいいんだろう? ということをズバリ学べるところはないんですね。結局、いろんな人に相談してビジネススクールが一番学びたいことに近いし、やるなら海外のほうが修行になっていいと考えました。でも、アメリカじゃないよなと思って。インドが好きだし、インドのビジネススクールもレベルが上がってきているので、最終的にハイデラバードのIndian School of Businessに行くことにしたわけです。

――松本さんがMBA留学をすると聞いたときは「今からどうして?」と驚きました。プロデューサー的な立ち位置の方というイメージがあったし、マネジメントや経営の方に向かわれたのは意外に思われて。
そうですか? プロデュースをするにしても、それ自体を大きな絵柄のなかに位置付けながらやっていきたいし、ちょっと頭を整理したかったというのはありますね。

――インドから帰国された後、『彼岸寺』で「お坊さんとして日常のことを一つひとつていねいに大切にしようと思うようになった」と書かれていましたね。どういった心境の変化があったのでしょう。
インド留学中に振り返ってみて、プロのお坊さんとしての自覚がまだまだ足りないなと思ったんですね。仏教界は、変化の少ない昔ながらの業界ですし、そこにイノベーションを持ちこもうすると、人一倍、二倍一生懸命働かないとできないです。新しいことをやろうという人が外から入ってくれば、自然な感情として「なんなんだこいつは?」という反発もあるでしょうから。自分の行動やアイデアにはどういう意図やビジョンがあるのか、お寺文化の歴史的な背景も踏まえていることも説明して、どれくらい本気なのか姿勢でも示していかなきゃいい仕事ができないと思うんですね。

お寺で新しいことをやろうと思ったら、普通にやるべきことをより一層ちゃんとやれていないとちゃんと評価してもらえません。「イノベーションとか言っても基本ができてないじゃないか」と言われてしまうと話がはじまらない。だからこそ、今までやってきたことを一つひとつていねいにやりながら、なおかつ新しいことに取り組まないといけないなと思います。

仏教を「受け取る側」の目線で見ると?――ビジネススクールで学んだことで、松本さんが身を投じた日本の仏教界への考えが整理されたのでしょうか。
整理もされましたし、そのなかで自分は何をやっていくのかがずいぶんクリアになりましたよね。ビジネススクールではマーケティングとストラテジー(戦略論)を専攻しました。今までは、漠然と「お寺は仏教を広めていく場所だろう」と思っていたのですが、「お寺はどういう価値をご縁ある人に届けていくのか」と顧客目線にシフトしました。

幼い日の松本圭介さん

――伝える側の目線から、受け取る側の目線に。
そう、受け取る側の目線を基本にしなくちゃいけないと身にしみて思いました。「仏教を伝えるためにお寺がある」のではなく、「仏教から取り出されるであろう価値を提供するためにお寺がある」んですね。仏教自体が提供すべき”商品”ではなく、仏教をツールとして”どう使うか”。そして、お坊さんの役割は「仏教から価値を取り出してご縁ある方々にお渡しする」ことなんです。

私は、仏教から取り出される価値(バリュー)は「心の安心」「心の豊かさ」「心の成長」の三つが重要なところかなと思っています。そういう風に考えるようになったのは、私にとっては大きな転換でした。

それまで、私のなかでもやもやしていたのは、仏教思想の魅力とお寺が日常やっていることがいまいちつながらないことでした。しかも、浄土真宗では先祖供養を教義上にどう位置付けたらいいかわからない。でも、バリューということに目を向けると非常にスッキリします。お寺にやってくる門徒さんやお檀家さんは、全員が仏教そのものを求めて来るわけではなくて、大きく言えばこの三つのバリューのようなところだと思うんですよ。

たとえば、先祖供養も「安心」を提供するひとつの方法だと思います。一番近しい家族を亡くされて、死者と新しい関係性を結んでいかなければいけないときに、重要な場を提供して安心を与えていると思いますし。ドグマの方から考えるとよくわからないところが、受け取る側の目線から徹底的に考えると全然別な意味づけが出てきます。

――「心の安心」「心の豊かさ」「心の成長」の三つのバリューはどのようにして見いだされたんですか?

昔からあるご法事、お葬式、ご祈祷や、今だったらライブやヨガ、カフェなど、お寺がやってきた活動をとにかく書きだして、眺めながらあれこれ分類したりしました。また、歴史的にも遡って考えていくと、この三つに収まるかなというのが出てきたんですね。

――こういう言い方が良いかどうかわかりませんが、お寺をひとつのサービス業と捉えるということでしょうか。

ある意味そうだと思います。ご法事は英語では「Buddhist memorial service」ですからね。ただ、お寺はビジネスと違って、経済社会の枠組みにありながらも、依って立つ価値の基盤は人の心です。お金儲けが目的ではありませんし、提供する側にも覚悟が必要です。お寺が生み出す価値の源泉は仏教ですから、お坊さんがどこまで宗教者としての自覚を持って行動できるのか突き詰めないと、価値あるものの提供はできません。お寺が伝えるバリューが、受け取る人の人生にとって重要なものであるなら、お寺を支えようという動きも自然と生まれてくると思います。

仏教は長くつきあうほど価値が引き出せる

神谷町 光明寺にてMacに向かう松本圭介さん

――これらのバリューがお寺で提供されることと、社会のなかでビジネスベースで提供されることの大きな違いはなんですか?
ひとつは、仏教的な価値観にのっとってやっているので、お坊さんなり、在家の人なりがお寺に関わる動機の源泉がグリード(貪欲さ)であってはいけない。建前じゃなくて、本当に本当にですね。そうじゃないと、「人の心を支える」お寺としての本質的なサービスが出せないでしょう。だからこそビジネスベースではできないんです。仕組みではなく動機の問題です。

もうひとつは、ビジネスは短期ですぐに回収しちゃおうとするからです。仏教から最も多くの価値を取り出す方法のひとつは、長くつきあうことだと思うんですね。一瞬かじっただけで全部取り出せるかと言うと全然そんなことはなくて、人生を通じて照らし合わせながらやっていってはじめて「なるほど、そうだったのか。前に読んだときには全然ここは引っかからなかったけど今やっとわかったような気がするな」ということがあるじゃないですか? そういう喜びを長いスパンで提供していくのが大切だよなと思っていますね。しかも、心の問題は長い時間つきあわないといけないし、担当者がどんどん変わるのではなく、願わくばひとりの人がずっと寄り添って信頼関係を作っていくほうが良いですしね。

今、ほとんどのお寺がやっているのは「安心」の部分、しかも家族と言う単位での顧客に対してのことです。「豊かさ」「心の成長」という部分に力を入れていこうとすると、仏教の本質的な部分、真骨頂の部分にどんどん入っていくと思います。そこでの顧客単位は個人になるでしょうし、これからはお寺対家族という関係性から、お坊さん対個人という一対一の関係性をもっと強化していなかければいけないという意識もあります。

そういえば、以前どこかで檀家制度批判をしていると書かれたような気がするんですけど、していないんですね(笑)。いや、批判する部分もあるんですけど、決して否定はしていません。むしろ、すごく大事なんですよ。

――長いスパンでおつきあいしていくという意味では。
そう、長いスパンでのお付き合い、しかも家族という安心の基盤を提供するすごく重要な切り口からお付き合いするものですので、檀家制度は大事なんです。ただ、家族という枠組みそのものが揺らいできてますから、お坊さん対個人という新しい関係性を開拓していく必要もあるだろうと思います。私自身の方向性としては、自分が勉強してきたことを活かしてライフコーチングやビジネスコーチングをやってみたいです。

――お寺でお坊さんに仕事の悩みを相談するって新しいですね。インドでいろいろ考えて、これからしばらくはやりたいことがバーンと見えている感じですか?
そうですね。留学前よりもかなり頭はすっきりしています。課題がはっきりしてきた分、やらなきゃいけないことの数が多いので、それなりに大変ですけど。

――お坊さんになって約5年間の試行錯誤、MBA留学を経てのこれからはいわばお坊さん第二期というか……

そうですね。『お坊さんはじめました』新章突入! みたいな感じですね(笑)。

→「松本さんがこれからやろうとしていること」の話へと続きます

プロフィール松本圭介/まつもとけいすけ
1979年北海道生まれ。浄土真宗本願寺派僧侶、布教使。東京大学文学部哲学科卒業。2004年、超宗派仏教徒のウェブサイト『彼岸寺』を設立し、お寺の音楽会『誰そ彼』、お寺カフェ『神谷町オープンテラス』を運営。ブルータス「真似のできない仕事術」、Tokyo
Source
「東京発、未来を面白くするクリエイター、31人」に取り上げられるなど、仏教界のトップランナーとして注目される。2010年、南インドのIndian
School of
BusinessへMBA留学。今春卒業し、現在は東京光明寺に活動の拠点を置く。著書に『おぼうさん、はじめました。』『”こころの静寂”を手に入れる
37の方法』 『お坊さん革命』など。
http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&id=32&blog_id=66
twitter: http://twitter.com/#!/0tera
Everything But Nirvana(英語版彼岸寺での連載) http://english.higan.net

光明寺
http://www.komyo.net/

土真宗本願寺派 梅上山
光明寺。1212年創建。かつての山号は真色山常楽寺。創建当時は天台宗だったが、関東滞在中の親鸞聖人の教化をご縁に浄土真宗に宗旨を改めた。室町時
代、
疫病の流行に際し、常楽寺の本尊・阿弥陀如来像が光明を放って人々を救ったと信じられたことから、常楽寺を改め「光明寺」と称する。さらに、江戸時代には
徳川家康が境内の梅を喜んだ故事に因み、三代将軍・家光から「梅上山」の山号を贈られて山号も改称した。現在は、東京・神谷町、千葉の君津、埼玉の草加に
お寺を構え、昔からのご門徒(お檀家)のみならず、あらゆる有縁の方々に「わたしとお寺の新しい関係」を結んでほしいと願い、その機会を作るべく積極的な
動きを見せている。

神谷町オープンテラス
http://www.komyo.net/kot/

明寺境内に開かれたオープンスペース。東京メトロ日比谷線
神谷町駅前から徒歩1分、オフィスビルに囲まれた立地を活かして、周辺で働く人々や地域住民に憩いの場を提供している。飲食物の持ち込みは自由、ランチタ
イムや休憩に立ち寄ってみたい。境内に入って目の前にある大きな階段を上がって左側、2階部分にテーブルとイス(一部はソファ)が用意されている。お墓の
向こうに見える東京タワーがある意味絶景。ひとやすみの前後には、ありがとうの気持ちを込めて本堂の阿弥陀さまにもお参りしよう。水・金は木原店長による
おもてなしもあり(要予約)。

オープン時間:平日9:00-17:00
※土日祝日はお寺の行事(ご法事)のためご利用をお控えください。
※曜日に関わらず、春彼岸(3月17日?24日)、永代経(4月15日)、お盆(7月)、秋彼岸(9月20日?26日)、報恩講(10月15日)の時期はご利用をお控えください。
※平日でもご法事やご葬儀などお寺に都合により臨時クローズあり
※「おもてなし」予約、オープン予定の詳細はウェブサイトで確認を。

お寺の音楽会 誰そ彼
http://www.taso.jp

楽好きの僧侶と僧侶ではない音楽好き達が開催するライブイベント。「本堂で音楽を聴いてみよう」という軽い気持ちから始まった、言わば”お坊さんのホーム
パーティー”。ふだんは光明寺で開かれるが、静岡・伊東のお寺での『お寺と温泉ライブ あじさいさい』、築地本願寺『本願寺LIVE
他力本願でいこう』などにも協力している。

○連載:坊主めくり

  1. HOME
  2. 生活・趣味
  3. 『お坊さんはじめました』新章突入/彼岸寺 創設者 松本圭介さん(2/3)
access_time create folder生活・趣味
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。