日本人はもはや貯蓄好きではないという事実を信じますか(銀行員のための教科書)

今回は旦 直土さんのブログ『銀行員のための教科書』からご寄稿いただきました。

日本人はもはや貯蓄好きではないという事実を信じますか(銀行員のための教科書)

日本人は「貯蓄好き」というのが一般的なイメージなのではないでしょうか。

日本人は将来不安の影響で、消費をせずに貯蓄しているから景気が思わしくない、というような言説を聞いたこともあるでしょう。

今回は、日本人の貯蓄率について、少し焦点を当ててみたいと思います。

貯蓄残高の長期推移

まずは日本人の貯蓄残高についての長期推移を確認してみましょう。

以下は二人以上の世帯についての「貯蓄高の長期推移」です。

<貯蓄現在高及び年間収入の推移(二人以上の世帯)>

(出所 家計調査報告(貯蓄・負債編)-2019年(令和元年)平均結果-(二人以上の世帯))
 

二人以上の世帯について1世帯当たり貯蓄現在高の最近の推移をみると、2019年=1755万円の水準は約半世紀前の1959年=30万円の58.5倍となっています。また、貯蓄年収比(貯蓄現在高の年間収入に対する比)をみると、2019年は279.0%と、1959年=70.0%の4.0倍となっています。

2000年代からは貯蓄現在高は横ばい傾向にありますが、貯蓄年収比は上昇傾向にありました。これは年収が低下してきていたことが背景にあります。

全体としてみると、60年前に比べれば1世帯当たりの貯蓄現在高は約60倍となり、貯蓄年収比は4倍となっています。日本人は長期的に見ると頑張って貯蓄してきたということでしょう。

貯蓄率の推移

では次に家計の貯蓄率の推移について確認しましょう。

(出所 2020年10-12月期/計数表(家計可処分所得・家計貯蓄率四半期別速報(参考系列))より筆者作成)
 

日本の貯蓄率は2000年代に入ると急低下していることが分かります。

2020年に入って貯蓄率が急上昇しているのはコロナの影響によって消費を控えているからでしょう。

しかし、1990年代はコロナによる消費控え時と同じ程度の貯蓄率が日本にはあったのです。

「日本人は貯蓄が好き」ではなく、「日本人は貯蓄が好きだった」と言えるかもしれません。

各国との貯蓄率比較

さらに世界各国との貯蓄率の比較をしてみましょう。

以下はOECDが公表している世界各国の貯蓄率比較(2015年)です。

(出所 OECD/貯蓄率データ https://data.oecd.org/natincome/saving-rate.htm)

前述の国内向けの貯蓄率比較とデータは少々異なりますが、日本の貯蓄率が低いことが分かります。

中国は圧倒的ですが、韓国の貯蓄率は日本を大幅に上回ります。ドイツにも負けています。

英国、米国、イタリア、フランスの貯蓄率は上回っていますが、日本という国は貯蓄好きと言えるほどの水準でしょうか。

以下はG7の家計貯蓄率(Household savings)の推移です。こちらは上記のOECD貯蓄率とは定義が異なりますが、こちらの方が一般的に言う家計貯蓄率です。

(出所 OECD/家計貯蓄率データ https://data.oecd.org/hha/household-savings.htm)

このデータでは、ドイツ、フランスのみならず米国に家計貯蓄率が劣後していることが分かります。(データで値が出ていないのはイタリアとカナダです)

米国は借金をしてでも消費する国と言われていますが、今や日本よりも家計貯蓄率は良いようです。

所見

家計の可処分所得は、一方で消費に回され、他方で貯蓄されます。消費に回される割合を「消費性向」と呼び、貯蓄に回される割合を「貯蓄率」と呼びます。消費性向と貯蓄率は足して100%となります。

上記のデータを見る限り、日本は貯蓄率が低下し、消費性向が上昇してきている国だと言えます。日本人は既に貯蓄好きではないのです。

この要因は何でしょうか。

良く言われるのは、高齢化の進展でしょう。年金受給者の増加と共に、預貯金を取り崩し、貯蓄より消費が上回る人々が多くなるという考え方です。これは要因としては最も考えられることではあります。

しかし、ドイツは65歳以上が総人口に占める割合が21.7%(2018年)、フランスは20.1%(2018年)と高齢化が進んだ国です(2018年:日本=28.1%、いずれも総務省統計局データ)。このドイツ・フランスの貯蓄率が日本のみならず米国を上回っているということを考えると、高齢化だけが貯蓄率の低下要因とは考えにくいでしょう。

また、過去には、日本の貯蓄率の高さは、安定を望む国民性や、国が提供する社会保障制度への信頼感の欠如から説明されてきました。しかし、貯蓄率が低くなった現在でも、社会保障制度への安心感が高まったとは言えないでしょう(むしろ不安が高まっています)。したがって、貯蓄率と安定を望む国民性や社会保障制度への信頼感に相関性があるという考え方も疑義を持たざるを得ません。

結局のところ、日本における貯蓄率の低下要因について、筆者は所得の低下・伸び悩みが原因ではないかと考えています。

所得が上がらない中で、教育費、通信費、食費等が上昇し、貯蓄する余裕が無くなってきているということなのではないかと想定しているのです。

金融審議会の報告書で「老後2,000万円」問題が話題となったのも、貯蓄率が低下していることを我々が実感しているからでしょう。「老後のために準備しなければならないのに、どうしても貯蓄ができない」と感じる人が増えてきているのではないかと筆者は感じています。もう少し、データでお示ししたいところではありますが、なかなかクリティカルなデータを見つけることが出来ず、現段階では感覚・想定に留まっています。今後、本件についてはもう少し深堀していきたいところです。

 
執筆: この記事は旦 直土さんのブログ『銀行員のための教科書』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2021年5月6日時点のものです。

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