『千日の瑠璃』468日目——私は凍死だ。(丸山健二小説連載)
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私は凍死だ。
夜更けと厳寒のせいでまだ誰にも気づかれていない、生前の功労を探すのに苦労しそうな泥酔者の凍死だ。すでにまほろ町は彼を見棄ててしまっている。二時間ほど前までの彼は、同心の人々に囲まれ、軽口を叩き、大いに呑み、座興にひとさし舞い、己れの未来を自ら頼もしく思ったりしていたのだ。
ここではっきりさせておかなくてはならないのは、私のほうから先にちょっかいを出したわけではないということだ。つまり、腕のいいこの大工のほうから私を招き寄せたのだ。如才なく立ち回れなくても、人の悪口を絶対に言いふらさず、疎漏な工事を嫌うこの白髪頭の男は、まだ点じられていない街灯に気がつき、電柱をよじ登ろうとした。ところが、電柱に抱きついた途端睡魔に襲われ、大鼾をかいて私を呼んだのだ。私が駆けつけたときには、危うい命が雪に包まれており、そして彼は、若い頃に幾度も聞いて涙した海鳴りに浸り、選手の一員として参加した柔道大会の掉尾を飾る熱戦を思い出していた。そんな彼を、私は大歓声のする方へと、ついで水平線の彼方の光のトンネルへと送りこんだ。
やがて、鬘をつけた別の酔っぱらいが通りかかる。彼は私に気がつき、動かない大工を見おろす。雪の布団をかぶった男に向って、彼は「いいなあ、おまえは」と言う。それから彼は、電線、どころか電話線まで断線させかねない、重くて湿った雪のなかを立ち去る。
(1・11・木)
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