『千日の瑠璃』477日目——私は郷愁だ。(丸山健二小説連載)

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私は郷愁だ。

払った金を取り戻そうと幾度でも抱きついてくる、不細工な顔の馴染み客をようやく追い返した娼婦に、重くのしかかる郷愁だ。近頃利用者が急増したモーテルでもう長いこと飼われているオウムも、私の味方についた。地獄耳のオウムは、近所の民謡教室から流れてくる牛追い唄を半日足らずで覚えてしまい、気に入ったのか何回も繰り返した。相手にしてもらえなかった少年世一は、オウムを馬鹿だと頭からきめつけて帰って行った。

オウムが真似る牛追い唄は、娼婦のほとんど空っぽの胸のうちへと染み渡り、苦々しくも切ない思い出を呼び起こし、たちまち私の出番と相成った。鬱々として楽しまない娼婦は、欺瞞に満ち満ちた愛の言葉や摩り切れた陰毛が散らばっているベッドに、青みがかった体をいつまでも沈めていた。そんな彼女に、私は生地があったことを思い出させた。ついで彼女を更に揺さぶり、故人を追慕する風の昔を聞かせた。それから私は、できることなら罪を免れたい——決して法律的にではなく——と願っている自分に気づかせた。

やがて娼婦は、使い走りをさせられている極道見習いの少年がハンドルを握るクルマに乗って、三階建ての黒いビルへと向った。しかし、そこは素通りした。《三光鳥》へも真っすぐには帰らなかった。私は彼女を、白鳥の姿が見えない、ただ雪と水と寒気があるばかりの岸辺に立たせた。彼女の睫が凍った。
(1・20・土)

丸山健二×ガジェット通信

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