『千日の瑠璃』472日目——私は式典だ。(丸山健二小説連載)
私は式典だ。
もしかすると一生成人できないかもしれない二十歳になった若人を祝して、まほろ町が執り行なう式典だ。それにしても会場が広過ぎる。ずっとむかし、いや、ほんのちょっと前、この国がまだ天皇の持ち物だった頃には、兵士になれそうな若者と兵士をたくさん産んでくれそうな娘がいくらでもいたのだが、あの当時は狭い会場しかなかった。ところが、今はまったくその逆だった。
まほろ町の出生率が下がることに比例して、若い者たちの眼の輝きが失われている。どうあってもこの世を生き抜いてみせるという気概に欠けている。滋養分に富んだ食物はかれらの肉体を不必要に大型化し、そのくせいつまでも子どもの立場にしがみつきたがる精神しか持てず、どれほど価値があっても難儀な仕事は忌み嫌い、すること為すことが手緩く、ものの弾みと形だけで重大な選択をしてしまうことが多い。そして、かれらの心は年々歳々豪華になる一方の晴れ着に反比例し、甲斐性のある男が減っている隙に女たちは実社会へ向ってむき出しの本能を炸裂させ、自滅の道をひた走る。かれらは議論を好まず、ときには酒の力を借りて見解をぶつけ合っても、欲惚けのせいで論旨がいまひとつ判然としない。着飾った出席者のひとりひとりに紅白の餅を配っていた役場の職員が、こう呟いた。「これでいいんだ」と。すると、娘たちが彼を指して囁き合った。「見て、あの人の頭。鬘よ」
(1・15・月)
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