『千日の瑠璃』467日目——私は吹雪だ。(丸山健二小説連載)
私は吹雪だ。
まほろ町のみならず県下全域に甚大な被害を及ぼし、尚も感情をむき出しにして荒れ狂う、吹雪だ。私のせいでどのバスも延着した。ぐったりと疲れて降り立った乗客たちは皆、私の凄じさにたじろぎ、バスの外へ出るのを一瞬ためらった。不動産の方面の手腕家は私に向って悪態をついた。それから彼はこう呟いた。「スキー場として売り出すなら、道路をもっとましなものにしなければな」と。
手蔓を頼って大企業に潜りこもうとして失敗したにきび面の学生は、私のなかへ絶望のため息を洩らした。また、敵状視察にやってきた暗黒街の関係者は私の勢いに気圧されて二の足を踏み、役目を放り出し、這々の体で逃げ帰った。家柄を鼻にかけて権高な態度をとる寡婦は、私を前にして身分の釣り合いといった尺度を一時忘れ、母親に付き添われて精神鑑定を受けてきた恐るべき偉才の少年は、私のなかに彼自身を奮起せしめるカオスの神髄をはっきりと見て取った。人使いが荒いせいで事業が不振に陥った零細企業の経営者は、県庁がある町を二日に亘って駆けずり回ったものの結局金の工面はつかず、彼は私がまほろ町をこの世から消してくれることを願い、私の白と闇の黒のなかへ自ら消えて行った。
そして書くことをやめられない小説家は、私の奥の奥に少年世一や迷夢を醒ましてくれるオオルリの気配を感じ、迎えにきたむく犬といっしょに、まほろ町の現実を受け入れた。
(1・10・水)
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