お宝風景発見!「金沢民景」に学ぶ街歩きの新視点
新型コロナウイルス禍により、旅行に少し躊躇してしまう日々が続いています。それならば、この機会に地元の街をめぐってみましょう。「う~ん。うちのジモト、面白い場所がないんだよな~」。そんなふうに嘆いているあなた、いま話題のミニコミ誌「金沢民景(かなざわ・みんけい)」を読んでみませんか。街の見方が変わって、フレッシュな気持ちでジモト旅を楽しめますよ。
なんと1冊わずか100円。街の見方が変わるミニコミ誌が話題
「金沢民景」とは、石川県金沢市の住民がつくりだした風景を撮影し、テーマごとに一冊にまとめたミニコミ誌のこと。
金沢の風景をテーマごとに一冊にまとめた「金沢民景」(撮影/吉村智樹)
2017年9月に第一号が発行され、現在までに17号を数えます。カラー16ページ。一冊なんと100円(税込)! という驚きのお値打ち価格。手のひらにすっぽりおさまる愛らしいA6サイズ(105×148ミリ)。街歩きのお供にピッタリです。
ポケットに入れて街歩きしやすいハンディサイズ(撮影/吉村智樹)
この「金沢民景」は、一冊ごとに「たぬき」「バス待合所」など、ひとつの視点に絞って編集されているのが特徴。
「金沢民景」……石川県金沢市の住民がつくり出した風景を収集し、テーマごとに一冊にまとめたミニコミ誌。「言われてみれば確かに不思議な光景」が豊富に収められ、物件の持ち主に取材をし、なぜこのような状態になったのか解説している(撮影/吉村智樹)
かつて陶器店の軒先に立っていた看板「たぬき」が現在は警察署に集められたという何ともユニークな光景(「たぬき」の巻より、画像提供/金沢民景)
どのテーマも暮らしに根を張っており、地元の人には見慣れた風景。それゆえに気にしなければ通り過ぎてしまうものばかりです。「妻壁(つまかべ)」「ひな壇造成」など耳慣れぬ建築用語がテーマの号があるかと思えば、「バーティカル屋根」などページを開くまで「それがなにを指しているのか分からない」謎めいた物件まで、多種多彩。
建物の短辺部分が屋根によって三角形に切り取られた外壁を「妻壁」と呼ぶ(「妻壁」の巻より画像提供/金沢民景)
金沢の地形は起伏に富んでおり斜面に沿うよう町が形成されている「ひな壇造成」と呼ばれるもの(「ひな壇造成」の巻より、画像提供/金沢民景さん)
発行しているのは金沢で設計事務所を営んでいる建築士の山本周さん(35)。
ほかにも金沢に住んでいたり、お勤めだったり、なおかつ街歩きが好きな人たちが集まって編集しているのです。
「民景」って、いったいなに? 私たちが住む街でも民景は見つけることができるの? そして民景が私たちに語りかけてくるものとは? 代表の山本周さんにお話をうかがいました。
「金沢民景」発行人の山本周さん(写真撮影/吉村智樹)
暮らしのなかから生まれたデザイン、それが「民景」
――「金沢民景」をとても楽しく拝読しました。巻数の多さと、観察力に圧倒されました。金沢の街への愛情が伝わってきます。「民景」は、もともとある言葉なのですか。
山本:「 “民景”は造語です。『住民がつくった風景』の略なんです。街に住んでいる人が、暮らしのなかで必要になって生まれたデザイン、それを民景と呼んでいます。実用性と街の人々の美意識が重なってつくられた風景を誰かが評価しなければ、という気持ちで、この言葉をつくりました」
まるで用水路の上を浮かんでいるように見えるロッカー。山本さんは暮らしが生んだデザインを「民景」と呼び採集している(写真撮影/吉村智樹)
――「金沢民景」に掲載された画像を観ていると、確かに暮らしから生まれたデザインだと感じます。やむにやまれず生まれたアートというか。
山本:「いろんな格闘の跡が見えますよね。そこが人間らしくていいなと感じたんです」
強風から家を守るために玄関に設置された「風除室」(「風除室」の巻より、画像提供/金沢民景)
「金沢の街並みが大好き」
――「金沢民景」の発行人である山本さんは、ご出身も金沢なのですか。
山本:「実は生まれは新潟なんです。その後、日本の各地を転々としました。幼少期は埼玉。小学校から高校時代までを神戸で過ごし、金沢美術工芸大学への進学のために金沢にやってきました。大学・大学院と、金沢には計6年いました。それから関東で就職したんですが、4年前に金沢に戻ってきました。金沢の街並みが好きで、自分に合うんです」
さまざまな時代の建物が混在する金沢
――「民景」を意識するようになったのは、いつからですか。
山本:「やっぱり大学進学のために金沢に来てからですね。金沢の景色や建物を初めて見て、びっくりしたんです。金沢は戦災に遭いませんでした。なので、100年以上も前の建物がたくさん遺っています。しかも有名な建築だけじゃなくて、一般のお宅も。現在も誰かがちゃんと住んでいるんです。明治、大正、昭和、いろんな時代の建物がごっちゃに混ざっている。そのなかで生活が営まれているのが面白かったですね」
柵が取り払われたため「門柱」だけが残った。時代の経過を感じられて味わい深い(画像提供/金沢民景)
雪から車を守るため家を建てたあとに設置された「カーポート」。猫除けネットや所せましと並ぶ植木鉢など時間の経過とともに生活色に彩られていった(画像提供/金沢民景)
古民家の一階部分を鉄骨で補強し、大胆に「ピロティ」(一階に壁がなく開放空間とした建築形式)に変えてしまった(画像提供/金沢民景)
――確かにこちらのオフィスへうかがう途中の風景は、古い建物と新しい建物が混在していました。バラエティに富んでいて、きょろきょろしてしまいました。
山本:「ここ(オフィス)のまわりは武家屋敷が並んでいます。江戸時代からの風景が残っているんです。そのすぐ隣には、昭和な雰囲気の通りがあります。さらにその向こうは平成生まれのオフィス街。歩いているだけで、いろんな時代を通り過ぎることができます」
さまざまな時代の建物が混在する金沢の街をバルコニーから眺めるのが好きだという山本さん(写真撮影/吉村智樹)
――金沢はやっぱり素敵な街ですね。とはいえ山本さんは関東で就職していたんですよね。そこを捨ててまで、金沢への転居を決めたきっかけはなんですか。
山本:「北陸新幹線の長野~金沢間が開業したのが2015年。新幹線が初めて金沢に停車した日が僕の誕生日だったんです。それで勝手に金沢にご縁を感じて。『こりゃ戻らなきゃいけない』って。大学時代に『いいな』と思っていた街なみや、古くていい感じの通りが新幹線の開通とともに整備されて公園になっていたのはとても残念でしたが、時代の変わり目に立ち会えたのは貴重な経験だったと思います」
新幹線開通とともに整備された金沢駅周辺(写真撮影/吉村智樹)
「金沢民景」はサークルではなく“町内会”
――「金沢民景」は山本さんひとりではなく同好の人たちが集まってつくっているそうですね。メンバーはどういう方々なのですか。
山本:「メンバーのほとんどが金沢在住です。現在は7~8人でやっています。年齢も職業もバラバラです。僕はサークルというより、町内会だと思っています。町内会って会員の世代がさまざまだし、メンバーがしょっちゅう会わないじゃないですか。けれども、なにかをつくるときには一致団結する。そういう点で町内会に近いですね。そして民景の画像は町内会の共有財産という感覚です」
――「共有財産」! 景色が財産とは、いい言葉ですね。どうやってメンバーから「あそこにいい民景がある」という情報を集めているんですか。
山本:「金沢民景のグループLINEがあるんです。それぞれ自分が撮った画像をLINE上のざっくりしたフォルダへ納めていく。そうやって情報を共有しています。みんな生活がありますから、リアルではほとんど会えません」
まるで帯を巻いているかのような見事な「腰壁」。山本さん曰く「町内会」のメンバーから情報が届く(画像提供/金沢民景さん)
――あちこちから新情報が届いて、楽しそうですね。「金沢民景」はテーマごとに一冊にまとめておられますが、最初から毎号ひとつの視点でミニコミ誌にまとめる計画だったのですか。
山本:「いやあ、はじめのころは、そこまで強い気持ちはなかったですね。ミニコミ誌にする予定すらなかったんです。特にテーマは設けず面白い物件があったらカメラにおさめ、みんなでコメントをしあっていただけでした。『この屋根、いいよね』『この柱、味があるね』って。そのうち、例えばカーポートの写真が溜まってくるなど自然に“分野分け”ができだしたんです。メンバーにひとり、ミニコミ誌制作や製本に詳しい人がいたので、『では分野ごとに一冊にまとめましょう』と。そういうふうに進んでいきました」
「曲線が美しいカーポートがある」など情報が集まってくる(画像提供/金沢民景さん)
夫が編集し、妻がデザイン。一冊ずつ手づくりで発刊
――どうやって次号のテーマを決めているのですか。
山本:「傾向が近い風景がLINEグループのフォルダのなかにおよそ50枚~100枚が集まって、『この分野、おもしろそうだな』と思ったら、ですね。いい情報がたくさん集まったら一冊にまとめる、そんな流れです。ですので発行は完全に不定期です。発行しなきゃいけない日はあんまり決めずに、気が向いたら」
――ゆるそうに聞こえますが、「気が向いたら」で、3年で17冊はすごいです。そして判型が小さくて、かわいいです。
山本:「学生のころからカラーブックス(※)が好きだったんです。種類がたくさんあって、集めていくうちにひとつの世界ができあがる、あの感じが好きでした。『カラーブックスのような小さなサイズの図鑑をつくりたい』、そんな気持ちはずっとありました」
※カラーブックス……出版社「保育社」から発売されていたカラーページが豊富な文庫本のシリーズ。1962年に創刊。37年に亘り909点が刊行され、コレクターズアイテムとなっている(写真撮影/吉村智樹)
――それに温かな手づくり感が伝わってきます。
山本:「装丁はデザイナーの妻がやっていて、一冊ずつがハンドメイドなんです。なので、あんまり大量にはつくれません」
「民景」を見つけると街の特徴が浮かび上がってくる
――それにしても、路上観察系のミニコミ誌で、ここまで細かくテーマ分けされたものは初めて見ました。
山本:「分野で分けると、地域の特徴が見えてきます。例えば“バルコニー”。歩いているうちに、なぜか広いバルコニーを設けている家がたくさん集まっているエリアに出くわしました。調べてみると町割(まちわり/一定範囲の土地に複数の街路や水路を整備し、それによって土地を区画整備すること)が細かくて、お庭が造りにくいのだとわかったんです。なので皆さん、バルコニーをお庭のように使って楽しんでいる。バルコニーという視点から街の特徴が分かってくる。そういう逆の発見があるんだって気がついたんです」
我が町の当たり前が通用しない。地域によって「民景」は異なる
――街の景色がテーマごとに一冊にまとまると、こんなにクリエイティブな世界だったんだと驚かされます。例えば街で石臼がこんなにも再利用されているって、気がつきませんでした。
山本:「自宅で蕎麦やうどんを打っていたり、大豆をすりつぶしていたり、石臼は、かつてはどこのご家庭にもありました。生活習慣が変わって石臼を使わなくなり、捨てるわけにもいかず、再利用しているようなんです。地域によっては石臼を供養する塚があるんですよ」
植木鉢の台座になっている石臼。蕎麦を打つ習慣があった街では石臼の再利用(?)が見受けられる(「石臼」の巻より、画像提供/金沢民景さん)
――読んでいて「これはまさに金沢民景だな」と感じるテーマもありました。とりわけ「風除室(ふうじょしつ)」は、私が住む京都市内では見たことがないです。
山本:「風除室は、海風を遮ったり、山の方だと雪で玄関の開け閉めができなくなるのを防いだりするために設けてあるんです。『雪吊り』も北陸や新潟にあります。雪が少ない地方だと、ないかもしれませんね」
玄関の前にもう一室が誕生する「風除室」(「風除室」の巻より、画像提供/金沢民景)
北陸特有の水分が多く重い雪から木の枝を守るために吊るされた「雪吊り」は雪深い地方ならではの民景(「雪吊り」の巻より、画像提供/金沢民景)
民景は「境目」をつなぐ工夫のなかから生まれる
――民景を見つけるコツはありますか。
山本:「“境目”ですね。なにかとなにかの変わり目を見ていく。すると、そこにいいデザインが現れる場合が多いです。川と住宅地の境目、お家とお家の境目、道路と家の境目、時代と時代の境目。そういった境界線付近を見ていくと、そこにはなにかしらの工夫がされている」
――つまり、工夫を見つけるのが大事なんですね。
山本:「 “工夫”に感心する、それが民景の面白さのひとつだと思います。斜面と平地の境目には、きっと困っている人がいる。そして、そこには悩みを解消するための工夫が生まれる」
――先ほどおっしゃった「いろんな格闘の跡」ですね。でも民景って、どこにあるのかが、分からないですよね。「ここに注目」って地図に載っているわけではないですものね。
山本:「地図に載っていれば見つけるのがラクですよね。ただ、それでも地図は見たほうがいいんです。地図を見ていると、新しい街はだいたいグリット(罫線)のようにきれいに整備されています。ところがときどき、なかにごちゃごちゃっとして整理されていない、細い路地が集まっている場所があるんです。『ん? ここはなんかあるぞ』とピンとくるんですよ。そういう場所を実際に歩いてみると、いい民景がたくさん見つかる場合が多いです」
「民景」を発見すると「なぜ、こうなったのか。理由を知りたくなる」という(写真撮影/吉村智樹)
掲載する際は撮影許可を取る。そこにドラマがある
――一冊にまとめる際は、LINEグループのフォルダに集まった画像を掲載しているのですか。
山本:「いいえ。集まった情報をもとに物件がある場所を訪れ、掲載許可の取得を兼ねて、可能な限りインタビューしています。そして、どういう経緯でこの物件ができたのか、誰がなぜこの色にしたのか、風除室はなぜつくったのかなど、お話をうかがいます。そして一眼レフで撮りなおして掲載しています。残念ながら許可が取れず載せられない物件もありました。やっぱり気持ち悪いじゃないですか。突然『この屋根は何のためにあるんですか?』って訊いてこられたら。『わ、やべーやつ来た!』って思いますよね」
――取材をする側の度胸が必要ですね。
山本:「そうですね。でも、掲載許可をいただくために物件の持ち主を取材する、その行為自体はとても楽しいんですよ。例えば屋根の上に、手すりがまるで蛇のような形状のバルコニーがあったんです。それが気になって、勇気を出してバルコニーがあるお宅のインターフォンを押してみました。すると、お母さんが対応してくれて。それから2時間くらい、ずっとお母さんといろんな話をして、最後には人生相談にまで発展しました(笑)。その体験がすごく楽しくて」
――民景にはドラマがあるんですね。
山本:「お母さんは植物を育てるのが大好きだったんです。そしてお父さんが、たまたま日曜大工が趣味でした。そんなお父さんが屋根の上に陽(ひ)がよくあたっているのに気がついて。それでお父さんがお母さんのために植物を育てられるバルコニーをどんどんどんどんつくっていったそうなんです。つまり、お母さんのためだったんです。謎のバルコニーには、そういうストーリーが背景にあるんだって分かって。その分かっていく過程が面白くて。『民景には物語があるんだ。逸話をみんな聞いてやろう』と思って、それからインターフォンを押すようになりました」
手すりがうねるようなバルコニー。そこには夫婦の情愛の物語があった(画像提供/金沢民景)
今後一冊にまとめたいテーマは「雪除け屋根」
――今後、刊行したいテーマはありますか。
山本:「いま気になっているのが、『雪除け屋根』。冬になるとお寺の境内に現れる三角形の屋根です。お寺の屋根に雪が積もると、塊になって下にばーっと落ちてきて危ないじゃないですか。手を合わせている人に雪の塊が当たると怪我をしかねない。そういった事故を防ぐために、三角形のトンネルのようなものを設置します。落ちてきた雪が三角屋根に当たると左右に飛び散るんです」
屋根から落ちてきた雪から通路を保護する「雪除け屋根」(画像提供/金沢民景)
――雪国特有の造形物でしょうか。初めて見ました。見た目のインパクトが強いですね。
山本:「パワーが集まってきそうですよね(笑)。この三角屋根の物件は僕も金沢に来て初めて見ました。金沢のいろんな場所にあります。ただ冬にしか登場しないのが難点で。いつか一冊にまとめたいのですが、かなり時間がかかるだろうなと思います」
――民景を見つけて画像や冊子にして保存する行為は、郷土史という観点でも民俗学としても重要なことだと感じました。
山本:「ぜひ、『民景』という言葉も皆さんに使っていただいて、ご自身の街をみていただければ」
民景とは、人々がそこで暮らした証しなんですね。取材を終えて金沢駅へ向かう道すがらの光景は、行きがけよりもさらに尊い輝きを放って見えました。
新型コロナウイルスの影響で遠出がしづらい今だからこそ、ご近所を散歩してみませんか。歩いた経験がない路地をめぐってみましょう。自宅周辺の民景をさがすことで地域の再評価へもつながります。日本各地からさまざまな表情を見せる民景が見つかれば、通り過ぎていた価値が見直され、街への愛情が生まれ、日本が元気を取り戻せる。そんな気がした一日でした。
山本周1985年生まれ。建築士。金沢市の住民がつくり出した風景を収集する活動「金沢民景」を主宰し、活動の記録をミニコミ誌にまとめ続けている。(写真撮影/吉村智樹)
金沢民景 Webサイト/Instagram/Twitter 元画像url https://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2020/10/175619_main.jpg 住まいに関するコラムをもっと読む SUUMOジャーナル
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