「誰かにはっきりとした悪意があるわけでもなく、社会の構造自体が女性を抑圧してしまう」映画『82年生まれ、キム・ジヨン』レビュー

韓国で130万部を突破、日本でも多くの女性から絶大な共感を得た大ベストセラーの映画化『82年生まれ、キム・ジヨン』。原作ファンはもちろんのこと、前評判を耳にしたり、予告編を観たりして、この秋の公開を楽しみにしていた方も多いのではないでしょうか。

「韓国の82年生まれの女性で、最も多い名前」だという“キム・ジヨン”という名を持つ、どこにでもいる平凡なヒロインが感じる“生きづらさ”を、淡々と描き出した本作。利発な少女の頃から、学生時代、就職、結婚、出産、育児……と、それぞれのライフステージに潜む“女性ゆえの困難”は、とても普遍的で、現代の日本に生きる女性であっても、心当たりのあることが多いと思います。

例えば、塾の帰り道、痴漢に遭いそうになった時に、父親にスカートの丈や不注意さを責められたり、ようやく就職できた職場で“女性だから”という理由で希望するプロジェクトへの参加が叶わなかったり。出産によるキャリアの中断と、復職の難しさ、母親に多く偏る育児の負担、妻の実家では夫はお客様扱いなのに、義実家では“嫁”として、家事を担わされること……「女だから気を付けなくてはいけない」「女だから当然」「女だから仕方がない」とされ、女性が男性とまったく同じようには振る舞えない、同じ扱いをしてもらえない社会に違和感を持ちながらも、「そういうもの」として諦め日々を送る中で、ヒロインの精神は少しずつ削られ、ある深刻な症状――時折、まるで他人が乗り移ったような言動をする――を発します。

幼い頃から少しずつ、少しずつ自己肯定感を削られてきたことで、すっかり内省的になってしまい、近くにいる人々に助けを求めることの出来ないヒロイン。異変が起きてようやく、キム・ジヨンの身に起きている事態に気が付いた家族は、どうにかして助けようとするものの、彼女の抱えるしんどさの本質的な正体をなかなか見抜くことが出来ない上に、時には彼らの些細な言葉や慮っての行動が、キム・ジヨンをさらに追い詰めてしまうのです。

キム・ジヨンを演じるのは、チョン・ユミ、夫のデヒョン役には、コン・ユ。『新感染 ファイナル・エクスプレス』でも共演したふたりが、互いに思い合っているのに、見えている景色の違いから、どうしてもすれ違ってしまう夫婦役をリアルに演じています。

誰かにはっきりとした悪意があるわけでもなく、社会の構造自体が女性を抑圧してしまうことを、繊細に描き出した本作。深い絶望で終わった原作に比べると、ヒロインを始めとする登場人物たちの少しの気づきと、一歩踏み込んだ寄り添いに希望があり、観終えた後の気持ちも、どこか温かな気持ちになれる映画、『82年生まれ、キム・ジヨン』。ぜひパートナーとともに観ていただきたい作品です。

【書いた人:大泉りか】
官能小説、ライトノベルを手がける作家でありながら、恋愛コラム連載も人気。著書に『女子会で教わる人生を変える恋愛講座』(大和書房)『もっとセックスしたいあなたに』(イースト・プレス)など。
https://twitter.com/ame_rika [リンク]

『82年生まれ、キム・ジヨン』10月9日公開
監督:キム・ドヨン/出演:チョン・ユミ、コン・ユ、キム・ミギョン
原作:「82 年生まれ、キム・ジヨン」チョ・ナムジュ著/斎藤真理子訳(筑摩書房刊)2019 年/韓国/アメリカンビスタ/DCP/5.1ch/118 分 原題:82 년생 김지영
(C)2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved. 配給:クロックワークス

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