『千日の瑠璃』391日目——私は景気だ。(丸山健二小説連載)
私は景気だ。
この十数年間というもの世間とは逆行して低迷しつづける、まほろ町の景気だ。アルミニウムの精錬工場が撤退する前までは、その恩恵を蒙る住民の数も少なくなかったのだ。当時はたしかに活気づいていた。しかし、あのときだけのことだった。つらつら惟るに、あの頃がまほろ町の全盛期ではなかっただろうか。お粗末な全盛期だ。もしかすると、あれ以上の繁栄はこの先何十年も、何百年も、いや、永久にやってこないかもしれない。
商工会議所の青年部の連中が私のことを話題にするときは、いつも恨み言を並べ、愚痴に終始し、あとは大火で罹災したときのように黙りこくってしまうのだ。そして、ときどき思い出したように、あるいは発作的に、面白ずくで試みる活性化のためのイベントというやつも低調で、所詮はその場限りの空騒ぎでしかなく、せいぜい、それが終ったあとで大酒を呑み、肩を抱き合って感動のふりをする楽しみくらいしか残さなかった。
私は死にかけていた。ところがきょう、起死回生の妙薬を携えたよそ者が、大勢を引き具してまほろ町の役場を訪れた。かれらは、膨大で且つ正確な資料に裏付けされた、極めて現実的なリゾート計画を町長に打ち明けた。その帰り途、会長と呼ばれている老人は、少年世一に新品の高額紙幣を与えた。世一はそれが二度目であることを思い出したが、老人は前回のことをまったく覚えていなかった。
(10・26・木)
ウェブサイト: http://marukuen.getnews.jp/
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。