ニコ動の人気「リア住」蝉丸Pさんに著書『つれづれ仏教講座』の話を聞いてきた

ニコ動の人気「リア住」蝉丸Pさんに著書『つれづれ仏教講座』の話を聞いてきた

6月、あの痛快な語り口もそのままに『蝉丸Pのつれづれ仏教講座』(エンターブレイン)として書籍化されました。初版発売後すぐに増刷がかかりすでに2万部が発行されています。やっと四国を再訪する機会をつかまえて、遅ればせながらの新刊著者インタビューをさせていただきました。

サブカルの皮をかぶった仏教書
――『蝉丸Pのつれづれ仏教講座』は400ページを超えるボリュームで。読めば仏教の流れを押さえられるようになっていますね。
「仏教の」と大上段に構えてやったわけでもないんですね。「この話をするならこの話もしないといけないなあ」と、生放送でやっているのと同じように書いたわけです。

――そうですね。『ニコ動』や『ニコ生』で話されたことがテキストになっていたり、誰かの質問に応えるかたちで書いていたり。
そうそう。聴かれたことに答えたものをまとめたらあんな感じになったんです。ホントは、三章の「もっと『仏教』が知りたい」というインド仏教編を1章にする予定だったのですが、編集者さんに「これが入り口だとハードルが高すぎます」と。編集者さんに言われたんはそこだけでした。

――反響はどうでしたか?

編集部にはがきが来たり、『Twitter』でリプライが飛んできたり。もともと本を買ってくれる人は動画や放送など視聴者の人が多いから、好意的な感想が多いので今のところ酷評とまではいかないです。「ニコニコでやっているふざけた話がずっと続くのかと思っていたら、中身はガッチリ仏教書だった!」という反応が多いですね。「サブカルの皮をかぶった仏教書」だそうで。完全にしゃべり言葉で書いていますから、「思ったよりすらすら読める」とも言われますが、かえって読みにくいとも言われます(笑)

――以前、『坊主めくり』インタビューで、「仏教に興味を持つ人の案内板的なところを目指している」と言われていましたが、まさにそういう内容になっていますね。
そうですね。入り口的なというか、仏教を知りたい人に対する道筋をつけられたというか。この本の本編は巻末の仏教書レビューと参考文献だと思っているので、そことゲストさんのマンガ作品以外の400ページはぜんぶオマケみたいなもんです(笑)。

――400ページおまけって(笑)。ネットでは人気が視聴者数や動画再生数でハッキリ出るけれど、本というモノで売れたときの実感は違っていましたか?
「違うのかな?」と思っていましたけれど、ここ最近はキレイさっぱり忘れていますね。「エンターブレインの金で同人誌を出させて貰ったような物ですから、これで赤字だったら申し訳ない」というのは、初版を売り切って増刷がかかった時点でなくなって。編集さんの経歴に傷をつけずに済んだかなと。

――クールですね! やっぱり出版直後になんとかして話を聴けばよかった……。
うーん、直後でも「いやあ、手を離れてるし」って言ってたかもしれない。盛り上がるのは校了前くらいのもんです。

仏教書なのに「アニメイト」に並ぶ快挙!?
――今、書店ではどの棚に置かれることが多いですか?

主に仏教書、話題の新刊、サブカル、マンガ(笑)。最初から「アニメイト」「虎のあな」「ゲーマーズ」「メロンブックス」さんなど、「ふだんは絶対に仏教書なんて置かないところに特典ペーパー付けて置きましょう誰もやってないから!」と言っていて。それができたのはやっぱりエンターブレインさんだったからですね。

――いまだかつてない仏教書の表紙ですね。田丸浩史さんのイラストは蝉丸Pさんの希望ですか?
はい。表紙の話が出たときに、「もう、田丸さん一択で!」と。その筋の人には非常に訴求力のある人で、自分自身も非常にファンだったので。

――ゲストとして参加されたマンガ家さんたちも豪華でしたね。マンガのネタはそれぞれのマンガ家さんが考えてくださったんですか?

みなさん、生放送を見ていてくれたりするので、そこからネタを考えて描いてくれたみたいです。

――近ごろのネット檀家(『ニコ生』にある蝉丸Pさんのファンコミュニティ)の年齢層ってどんな感じなんですか?
『ニコ生』でも最高年齢層を誇るんじゃないかと思います。20代後半から30代中盤がメインですから。「おっさんホイホイ」なんて言われているくらいです。一番上は70代、50代、下は17、8歳くらいから。でもメインは30代ですね。

――そう言えば、「僧職系男子」「僧職男子」って一般用語になりましたが、初出は蝉丸Pさんにつけられたタグでしたよね。

そうそう。「僧職系男子」ね。近ごろは「僧職男子」と短縮されて使われるようになっちゃって、使えるネタがひとつ減りましたね(笑)。

仏教系の困ったちゃんにならないでほしい

蝉丸Pのつれづれ仏教講座

――この本を書くにあたって、蝉丸Pさんにはどんな思いがありましたか?
うーん、少なくとも「ひとつだけが最高で他はクソである」みたいにはならないでほしいなあ。「仏教系の困ったちゃんにならないための」というのがメインですから。大乗仏教にもおかしな人はいっぱいいるし、上座部仏教を信奉するあまりおかしくなっちゃう人もいる。仏教はもっとフラットなものだし、自分が性に合うものを選ぶ前に「どういう歴史があって現在があるのか」という経緯や元ネタは知っておいてほしいかなぁ。

――それは、仏教がちゃんと伝わってほしいから……?
たとえば『Twitter』の”軍事・戦史クラスタ”で、一周しちゃったといわれる特濃の人たちは「これは好きだ」というけれど「これだけが最高で他はクソだ」とは言わない。「どこも等しくクソだけれどそのなかで自分はこれが好きですよ」と。仏教は「これだけが最高で他はダメ」ってモノ言いの人がすごく多いのがイヤで仕方ないんです。それだけですわ。

――うーん。蝉丸Pさん自身が「仏教を伝えたいかどうか」とか信仰の話については、以前からやんわり回答を避けられるなあと思っていて。
はいはい。自分自身が僧侶としてどう仏教に向き合っているかというのは開陳する必要はないわけです。開陳したところで、すべて共感してもらえるわけではないし、それでやいのやいの言われて反論していると、果てしなく無駄な時間を使うわけですよ。密教系では「個人の内証は秘して語らず」。自分が行で得た境地とか、得た知見とか、そういうのは個人のなかにしまっておけと。指標は指し示すべきだけれど、個人の感想はいらないんです。

――お坊さんとしては、一檀家寺の住職としてお檀家さんに応えていく。この本もまたお坊さんとしての活動になるでしょうか。
これはもう、余暇の道楽ですよね。そんなに影響もないと思いますよ。これを読んで何かが残るとしたら、巻末の参考文献がちょっと役に立つかなというくらいでしょう。

仏教はゲームで言えば”後半の章”でしか使えない
――お坊さんの話をずっと聴いていると、その後の経験のなかで「ああ、あの人が言っていたのはこういうことだったのか」と思うことがあるんです。そういう意味で、この本を読んだ人も後になって「あの本に書いてあったなあ」と思うこともあるのかなと。

うん、体験が追いついてきて初めて腑に落ちるっていうことですよね。仏教は、人生である程度酸いも甘いも噛み分けたうえで体験が追いついてはじめて「お釈迦さんの言っていることはなるほどこういうことか、となる。ゲームでいえば、チュートリアルが終わってある程度こなれた中盤ラスト「”悟りの書”はレベル20にならないと使えない・仏教のスキル開放は前提スキルを取得してから!」というのと同じ話です。

仏教の信仰やそのものの部分は、ある程度の年齢…と言うより体験がないと腑に落ちない。それを無理やり「これが正しいんだ」と言ってやっている人の行動のおかしさっていうのは、見ての通りなわけですよ。「禁欲だ!煩悩を離れろ!」と、18、9歳の男の子にさせて、悟り澄ました顔で「欲望は苦しみの元です」なんて言われても説得力ないでしょう。

――蝉丸Pさんが、信仰の部分で腑に落ちたのは何歳のころでしたか?
26歳の時かなあ。順風満帆の人生からどん底に落ちて、ちょっと諭してくれる人もいて、考え方を変えなければいけないなあと思ったところもあって。在家出身だから必要以上にルサンチマンが強くて、オタク気質も手伝って教義、法式、流派のことに詳しいけれど、それがイコールよいお坊さんかといえば違う。使う側から見れば使いにくい。行く道をふさいでいるのは結局自分だと気づいて初めて「ああ、なるほどね」となるわけです。痛い目を見ないで、悟り澄ましたようなことを言ってたってねえ。

「こうは言うけどさあ」っていうことが「なるほど、これが正しかったわ」となるわけですよね。書物だけで得た知識は実感がこもっていなければ空理空論で、体験とは乖離しているわけだから。

「知らんかったではすまへんのやでぇー!」
――蝉丸Pさんって、親切な人だなあと思っていて。自分が知っていることや経験したことのなかから「これがいいよ」と教えてくれるようなところがすごく。

「知っていてやる悪いことと、知らずにやる悪いこと、どっちが性質が悪いの?」というと後者ですよね。悪いと知っていたらいつか反省することもあるし罪悪感に襲われることもあるけれども、悪いと知らなければ反省することもない。仏教の基本の立場は「知らないってのは苦しみの連続コンボに対してノーガード状態」ですよ。それこそ、「貪瞋癡」の「癡(無知)」ですから対処法を知らないと「それハメ技だよ!」って。
※貪瞋癡/とんしんち:「むさぼり(貪欲)」「いかり(怒り」「おろかさ(無知)」。仏教で最も根本的な煩悩とされる三毒。

――まずは知識として頭に入れておくことも大切だということでしょうか。
本にも書いていますけれども、哲学・思想・宗教は余裕のあるときにインプットしておけば、困ったときに関連付けて生かすこともできます。でも、そもそも何も入っていなければえらいことになるだけですからね。

世の中にある知識、たとえば法律だって隠してあるわけではないですよね。図書館に行けば六法全書だって読めるわけです。そのへんは、「ナニワ金融道」とか「ミナミの帝王」でよく言ってますよね。「知らんかったではすまへんのやでぇー!」。

――まさかの、六法全書から「ナニワ金融道」への華麗なる展開……(笑)。
だから、宗教・哲学・思想など人生の諸問題に対する対処パターンの集積は知っておいたほうがいい、格闘ゲームで勝とうと思ったらムック本とかで調べるじゃないですか。そんな感じで気軽に読めるモノになってくれればなと。でもこういった書籍は書き手の色々な鬱屈や偏見も入っているから話は三割くらいで聞いておいて体験が追いついたときに比較や検討するなどして向き合い方を決めてくれればよいんじゃないかと。

――なるほど! ありがとうございました! これからもよろしくお願いします。

蝉丸Pさんプロフィール1973年神奈川県生まれ。 高校1年生のときに県立高校から高野山高校へ編入、得度を受ける。1992年、高野山大学仏教学部入学、在学中に加行。卒業後は一流伝授のため1年間聴講生として過ごした後、岡山の寺の後任住職候補に赴任するも1998年辞任。役僧として全国を放浪し、2000年に高野山別格本山にて法印随行兼執事を務める。 2001年11月、現寺院の後任住職候補に赴任、2002年晋山。テキストサイト『坊主めくり』をスタート。2008年、『ニコニコ動画』で仏教講座を開き話題に。2012年、初の単著『蝉丸Pのつれづれ仏教講座(エンターブレイン)』を上梓。

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彼岸寺

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