『千日の瑠璃』331日目——私は追憶だ。(丸山健二小説連載)

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私は追憶だ。

午前零時を回っても思い出したようにさえずるオオルリのせいで、とどまるところを知らぬ追憶だ。私は世一の父を激しく揺さぶって、いつまでも眠らせない。私は、まだもっと幼かった頃の、まだいくばくかの見込みがあった頃の世一の断片を次から次へとちりばめる。当時の彼は、息子の回復を諦めていなかった。それどころか、如何なる代債を払っても世間並みの人間に育てあげてみせるという気概すら持っていたのだ。

当時の彼は、まるで仔猿のように体重の軽い世一を日に何度も抱きしめてやり、妻をこう叱りつけたものだった。「母親がそんな弱気でどうする!」と怒鳴り、その都度医学のめざましい進歩を持ち出した。だが、しばらくすると彼の希望も失われていった。それももの凄い速さで。彼の妻はほとほと困り果て、疲れ、半病人のようになってしまい、思い余って、押し出しだけは立派な占い師に相談し、ざっくばらんに悩みのすべてを打ち明けた。しかし、つれないことを平気で言う好男子の占い師は、ただひと言呟いただけだった。「この子は鳥になる」と。何度訊かれても、意味については一切触れなかった。

世一の父はもはや私のなかでしか世一を抱きしめることができなくなっていた。彼は寝返りを打ち、毛布をはねのけ、入院中の息子の部屋まで行き、「黙れ!」とオオルリを一喝し、「鳥になりたいのはおれだ」と言った。
(8・27・日)

丸山健二×ガジェット通信

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