『千日の瑠璃』309日目——私は大鎌だ。(丸山健二小説連載)
私は大鎌だ。
二種類の砥石と尋常一様ではない集中力によってぴかぴかに研ぎあげられた、下草刈り用の大鎌だ。細長い穴を掘るだけの単純な労働にも、また、土蔵に閉じこもって食べて眠るだけの生活にも厭きた若者は、新しい職を求め、意に叶いそうな仕事を得た。彼は私を肩に勇んで山に登り、架空ケーブルを利用して深い谷を越え、檜の森へと分け入った。
初めのうち彼は先輩のやり方を見ていた。そして、恐る恐る真似た。しかしたちまちこつを呑みこむと、誰にも負けぬ勢いで私をぶんぶん振り回した。私は笹を薙ぎ払い、派手な色の蛇の首をすぱっと刎ね、小石にぶつかって火花を飛ばし、彼の汗やら思い出したくもない過去やらを断ち切った。それから一時間もしないうちに私は、少なくともこの森では生殺与奪の権を握っていた。今や、正面切って私に逆らえる者はいなかった。若者は溜飲の下がる思いを失いたくなくて、片時も手を休めなかった。「おい、あんちゃん、張り切り過ぎるとすぐにへばっちまうぞ」という忠告も聞き流して、存分に暴れ回った。
それでも彼は疲れをみせず、昼飯時になると三人前の握り飯を平らげ、仲間が午睡を貪っているあいだも、私といっしょに《殺生》を踊りつづけた。私は、青い鳥が飛んでいる最中に落とした尾羽を、地面に触れる寸前に真っぷたつにした。すると、谷の向うを歩いていた青尽くめの少年が「ぎゃあ」と叫んだ。
(8・5・土)
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