『千日の瑠璃』308日目——私は日傘だ。(丸山健二小説連載)

 

私は日傘だ。

うたかた湖の水と光に戯れるわが子を見張る母親たちがさす、色とりどりの日傘だ。彼女たちは、広々とした砂浜に波の形に並べた濡れても平気な椅子にどっしりと重い腰をおろし、それぞれ自分の腹を痛めて産み、ともかくことまで順調に育ててきた愛児を、食い入るような、しかし誇らしげな眼ざしで見つめ、ときには他人の子どもと比較して勝っている点のみの発見に努める。やれやれだ。

彼女たちの悩みは尽きない。人並みか、それ以上に育つはずのわが子を待ち伏せる、あらゆる苦難や障害を今から心配している。心配するたびに乱れる脳波は、さながら電波のように私を通して焦げ臭い空へと野放図に拡散する。すると強烈な日ざしが、私を通して彼女たちに「心配するには及ばない」を繰り返して説く。だが私は、そのあとにつづく言葉を伝えたりはしない。育つ者は育ち、育たない者は育たない、という虚無に根差した自明の理を、私は跳ね返してしまう。

親の心配をよそに、輝ける未来といっしょに打ち寄せる波を抱きしめる子どもらは、捕えられるわけもない虹色の小魚を夢中で追いかけ回し、あるいは、ほどよく湿った砂を使って宇宙や驕奢な生活を築きあげようとする。松林を抜けて帰宅する、もう母親の立場に厭きている女は、私の方を見向きもしない。けれども丘を半分ほど登ったところで急に足をとめ、こっちを振り返り、十年前の夏を想う。
(8・4・金)

丸山健二×ガジェット通信

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