『千日の瑠璃』305日目——私は静粛だ。(丸山健二小説連載)
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私は静寂だ。
光を悉く吸い取ってしまう服に身を包んだ男たちが引き潮のように去って、ふたたびまほろ町を包む静寂だ。午下りまでの数時間をかけて、私は住民たちにもはやこれ以上何事も起きないことをわからせた。がっかりしたらしい人々は、こんな呟きを熱風に乗せて飛ばした。「所詮あの連中だって打算でしか動かんよ」とか、「やっぱり命は惜しいのさ」とか、「みんな死んじまえばいいのに」とか。
それからかれらは、私のせいでいつもの暑さが殊更身に応え、前後に暮れた者のように眼ざしをどこか遠くの方へ投げ、気怠い季節を持て余し、冷えた飲み物で口を塞いだ。とりわけ生活苦に喘ぐ人たちの失望は酷かったようだ。三階建ての黒いビルの前に立って抗争を防ぐ警官の数は、一挙に三人に減らされ、そのうちのひとりが熱射病で倒れると、遂には全員が引き揚げてしまった。
今や私が大通りを占めていた。始まったばかりの八月でさえも私に従っていた。もはや通行人にもクルマにも意味がなく、恐怖の対象になりそうな物は皆無で、すべてがただ私を通過してゆくだけの存在に成り果てた。異常とまでいえるほど発達した知覚の持ち主、あの少年世一ですら、私をどうすることもできなかった。彼は町のあちこちで耳にした不満の言葉を針鼠のようにぶつぶつと呟きながら通って行った。「なんだ、これで終りかよ、なんだ、これで終りかよ、なんだ、……」
(8・1・火)
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